転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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「オブラ侯爵家がヘグニお兄様に味方をしているのはご存じですね」

「そうですね」

「各地の貴族家に声をかけて味方を増やしているようです、これもよくご存じでしょう」

「……そうらしいですな」

「北西方面の雄でいらっしゃるデモンズ閣下にも、きっと熱心な誘いが来ていることでしょうね」

 

 散々脅しつけられた後に『もちろんだ』とは答え辛い。

 しかしそんな言い方をされると、いくら完全にクルムのペースに飲み込まれているデモンズであっても、何も来ていないと答えるのもプライドに障る。

 デモンズが何も言わずに渋い顔をしていると、デモンズにとってはありがたいことに、クルムが勝手に話を続ける。

 

「閣下を味方につけることができれば、〈要塞軍〉の皆さま以外の北西方面の貴族家は、一斉に同じ方向を向くでしょうから、オブラ侯爵家も必死でしょう」

 

 ここでさらにプライドをくすぐるように下手に出られて、デモンズはどうにも黙っているのがむずがゆくなる。

 デモンズは名門伯爵家であるし、古くはあの〈アルムガルド辺境伯家〉が万が一裏切った時に備えて、防衛線のトップを担うために、ここ北西方面に領地を賜った経緯がある。

 そのお陰で今も多くの貴族家がデモンズ伯爵家を寄親としているし、一応〈要塞軍〉に何かあった時には、北西地方の貴族をまとめて対応するのが自分の家であるという自覚もある。

 もちろん心のどこかでは、何もないことをひたすらに祈っているわけであるが。

 それに歴史をたどっていけば、オブラ侯爵家というのは、ちょっとばかり豊かな子爵家でしかなかった。三代前まで格下であったはずのオブラ侯爵家が、いつのまにやら侯爵位を賜り、上からものを言うようになってきている。

 デモンズとしては気に食わない部分はもちろんあった。

 

「……まぁ、そうですな。何もない、とは言いますまい」

 

 ニヤつくのを堪えながらデモンズは答える。

 なんだかんだでクルム王女も自分を高く買おうとしているのだ。

 ならば最初からそう言えばいいのにと、気を大きくする。

 

「しかし、未だ閣下は判断を保留していらっしゃった。私と会ってくださったということは、きっとそういうことなのでしょう」

 

 クルムはそのデモンズの心の動きをすべて読み切った上で、あっさりと人物評価を下した。

 デモンズは必要な人材ではない。

 家という身分相応の自尊心に固められた、極めて凡庸な男だ。

 必要なのは、デモンズが持つ地位と北西方面の貴族家の間の立場だけである。

 

「いかにも……」

「ありがとうございます。つまり、ヘグニ兄上ではなく、私につくことを決断してくださったということですね」

 

 もったいぶって答えるデモンズに、クルムは爆弾を放り込んだ。

 当然デモンズはうろたえる。

 

「な、なぜ……、そうなる」

「なぜ……? 王位継承争いはもはや終盤。オブラ侯爵家が裏からハルシ王国を牛耳るのももはや時間の問題でしょう。ここまで立場をはっきりと表明されていない、ということは、オブラ侯爵家へ隔意があり、対応できる勢力が誕生することを待っていらっしゃったのでしょう?」

「それが、クルム殿下であると……、そう仰るのですか?」

「はい」

 

 クルムは、何一つ後ろ暗いところがないとでも主張するかのように、胸のあたりに手を当ててはっきりと一言で答えた。

 デモンズは動揺する。

 これ程に自信満々に返答をするクルムのことをよく知らなかったからだ。

 しかし、すぐ隣に〈要塞軍〉の大将であるラウンドを控えさせていることは、疑いようのない真実である。

 もしかしたら、本当にそれほどの大物なのかと思い始めてしまう。

 これまでの態度を見れば、クルムが当たり前の十三歳の少女でないことは明らかだった。

 

「もちろん、簡単にヘグニお兄様に勝てるとは思っておりません」

 

 それはデモンズにとって朗報であった。

 これだけ自信満々なクルムが、それでもデモンズの元を訪れたのは、その力が必要であるからである、と考えたからだ。

 もちろんその通りなのであるが、先ほど判断を下した通り、クルムが必要としているのはデモンズ本人の能力ではなく、デモンズ伯爵家の持つ力である。

 自分イコールデモンズ伯爵家であると考えているデモンズにはそれが分からない。

 だからやや気を抜いて、どんな条件を出してやろうかとか、どれだけの待遇で迎えてくれるのかとか、甘いことを考えていた。

 

「しかし閣下がお味方してくだされば、勝てる可能性は大いに上がるでしょう」

 

 引き続き持ち上げてくれるクルムに、デモンズも大満足だ。

 そろそろ威厳のある言葉でも、と思ったところで、クルムがさらに続けた。

 

「しかし閣下も勇気がおありですね。ここまで立場をはっきりとさせなかった以上、表向きはともかく、オブラ侯爵家は間違いなくデモンズ伯爵家を敵対視しているでしょう。北西の雄である閣下が味方をしないのならば、国を牛耳った後に取りつぶしてしまえばいい。過程で邪魔になるのならば暗殺も試みたことでしょう」

「あ、暗殺だと? まさか……」

「まさか……? 事実、私の二人の兄含めて有望な王族が多くが、オブラ侯爵家の手の者によって不名誉に葬られてきました。もちろん、閣下もご存じですね?」

 

 王位継承争いの過酷さについては、流石にデモンズも心得ている。

 クルムの兄が二人も死んでいることは把握していなかったけれど。

 

「あ、ああ、それは、もちろん知っているが……」

「ではなぜ、閣下の元には危害が及ばぬと? 私という対抗馬が出てこなければ、きっと閣下は仕方なくオブラ侯爵家に味方をされたのでしょう。それはつまり、味方をするふりをして、北西方面の貴族をまとめ、オブラ侯爵家と戦を起こすつもりであった、ということでしょう?」

「な、何を言うか! そんな馬鹿なことをするものか!」

 

 とんでもないことを口にするクルムに、流石のデモンズも声を荒げる。

 

「失礼、言葉が過ぎました」

 

 しかしクルムは平然と簡易な謝罪をしただけだった。

 

「そうでなければデモンズ伯爵家が危なかったとしても、確証のない、仮定の話を口に出すべきことではありませんでした。それに、そうならないために私がいるのです。閣下が北西方面の貴族家を説得して、味方にして下されば、きっと私が王位を手にしてみせましょう。もちろん、そうなった時の閣下の貢献を忘れたりは致しません」

 

 お前の生き残る道は自分に味方するしかない。

 クルムは遠回しにそう言っている。

 

「私、こう見えてとても記憶力が良いのです」

 

 クルムはデモンズの選択肢を無情に、そして勝手に取り上げておいて、最後にはにっこりと、子供のように笑い、小首をかしげながらそう付け足すのであった。

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