「ただ、そうですね……。閣下も身の回りには十分お気を付けください」
「身の回り、ですと?」
「はい。必ず強い護衛を連れて動くようお願いいたします。特に夜道や人通りのない場所へ行くときは。連れてきていますか? 強力な護衛」
デモンズは目を泳がせる。
もちろん、当たり前の護衛は連れてきているが、それは領内の身分の高い騎士であって、最強の存在ではない。
命を預けるに足るかと問われれば微妙なところだ。
俯き、両手を口の前で合わせ沈黙するデモンズに、クルムは静かに囁く。
「もし必要ならばご紹介しますよ」
デモンズが視線だけをクルムに向ける。
これまでの人生、常に人に命令をすることしかしないで育ったデモンズだ。
一番肝を冷やした瞬間が、ラウンドに怒鳴り散らされた時なのだから、命の危機だと脅されて耐えられるわけもない。
地方貴族というのは、ある意味その地域の小さな王様のようなものなのだ。
北西地域の貴族たちには、〈要塞軍〉という、共通の面倒くさい存在がいる上、その〈要塞軍〉が危険から守ってくれているからこそ、なんとなく爵位の高いデモンズを中心にまとまっている。
王都で暮らす貴族たちはその現状を知らないのだ。
デモンズがこんな人物であるというのは、ラウンドの懐刀であるところのリゾルデがよく知っており、クルムに持っている全ての情報を手紙で寄越してくれていた。
その上でラウンドまで連れてきて説得できなければ、それはもう才能なしということに他ならない。
勝負は、面会にやってくる前に決まっていたようなものだった。
「しょ、紹介?」
「はい、紹介です。私、冒険者ギルドともつながりがありますので、優秀な護衛冒険者を紹介いたしますよ。それに、王都の貴族街以外の場所でしたら、私に力を貸してくれる者が山ほどいます。街で暮らす方々から、貧民街に暮らす方々まで、皆、私の隣人です。どこを歩いていても、閣下の安全を見守って下さるよう、お願いしておきましょう。いかがですか?」
「………………た、頼めるだろうか?」
デモンズは長い沈黙の後、クルムの提案を受け入れた。
思わず笑ってしまいそうなクルムであったが、まだ表情は緩めない。
「もちろんです、閣下のためですから。これから街へ出れば視線を感じることもあるでしょうけれど、それは閣下を見守るものですので、あまりお気になさらず。それから、できる限り良い護衛を手配いたしますので、よく言うことを聞くようにしてください。あまり勝手に動かれては、守れるものも守れませんので」
「わかった……」
「北西方面の貴族家の方々の説得、お願いいたします。閣下が説得していただき、北西方面の貴族が一致団結すれば、どのような勢力も怖くなくなります。皆さまの後ろには、〈要塞軍〉、ラウンド様も控えておりますから」
ラウンドとしては話がさっぱりわからなかったし、デモンズのこともよく知らない奴、程度の認識しかなかったが、リゾルデに言われた通りにしているだけだ。
とりあえず腕を組んで厳めしい顔をして座ったまま、クルムがデモンズを手のひらの上でコロコロと転がすのを眺めていた。
クルムから同意を求められるように見られたので、そのまま深く頷くと、デモンズが何やらほっとしたような顔をする。
「そうか……、ラウンド殿もお味方となるのか……」
若いころから恐れ続けた男が、自分の仲間となるのだ。
地方の貴族にとって、王族はもちろん大きな存在であるが、それ以上に隣接した領地の大物の方が恐ろしい。殺されることなく乗り切って、万が一クルムが王になりでもしたら、という希望が湧いてくる。
「では、二つだけお願いを。閣下のお顔を街の者に周知させるため、似顔絵を描かせてください。それから、護衛を選別するまで、私の使い以外とは会わぬようお願いいたします。仮病でも何でも使っていただいて構いませんので」
「しかし、それは……」
「閣下のお命を狙ってやってきた者かもしれませんよ……?」
「わ、分かった! そうする!」
ここまでくると話は簡単であった。
一人でいる時間は、デモンズの猜疑心と恐怖心を育てることだろう。
ちょっとばかり、怪しい諜報員に窓の外から覗かせれば、それだけで縮み上がって早く護衛をくれと言ってくるに違いなかった。
「では、画家を一人連れて午後にまた参ります。護衛の方は選別をいたしますので、少しばかりお待ちください」
「わかった、いつでも通すよう伝えておこう」
クルムはさらりと挨拶をして、デモンズ邸を後にした。
そうして言ったとおり、午後には画家を派遣。
似顔絵を要塞軍へ手渡し、貧民街の住人たちと共有する。
見かけたら、その行動を覚えておくように。問われたら答えられるようにしてほしいと、付け加えて。
一連の仕事が終わったところで、今日は終始大人しくしていたグレイが、クルムに言った。
「悪いやつじゃのう。誰が育てたんじゃ、こんな性悪娘」
「そうですね、私に性格の悪い部分があるとすれば、その大半は先生譲りでしょう」
「何でもかんでも儂のせいにするでない」
そんな軽口をたたき合いながら、グレイはにやにやと笑う。
貴族のごちゃごちゃしたやり取りなんて大嫌いであるグレイであるが、自分の教え子が貴族をへこまして転がしているところを見ることについては、特に不快を感じなかったようである。