グロウバウゼンは、「……俺で良ければ」と言ってあっさり了承してくれた。
俺で良ければも何も、一応グロウバウゼンは王都の冒険者ギルドの英雄だ。
それ以上の適役はいない。
「お主に用事がある日は、俺が行ってやろう」
ラウンドがドンと胸を叩く。
それはとてもとても頼りになることであるけれど、きっとデモンズの方の心臓がもたないだろう。先ほどの話し合いの間、デモンズがラウンドの方に視線を向けたのは本当に片手で数えられるくらいだ。
相当怖がっていることははっきりとしていた。
「いえ、俺、やれます。任せて、ください」
ぐっと拳に力を込めてやる気をアピールするグロウバウゼン。
邪気がないその仕草を見たクルムは、一瞬グレイの方を見てから、小さくため息を吐いた。
交互に見ると邪気の強さで目がつぶれそうである。
「なんじゃい」
「いえ、なんというか、こう……。年を重ねても純粋な方は……。いえ、先生もある意味正直ものだと思いますが」
「猫かぶりでなくてわかりやすいじゃろ」
お互い性格がひねくれていることは間違いない。
軽口を叩き合うのはいつものことだ。
今は交渉中なので楽しい言い争いをしている場合ではない。
クルムはもう一度グロウバウゼンの方を向いて、依頼書を差し出した。
その紙には護衛一日につきいくらいくら支払うという契約が書かれている。
もちろん、十分な金額を提示したつもりだ。
だがグロウバウゼンはそれを見ると、眉間にしわを寄せて首を横に振った。
先ほどみた純粋さは自分の思い違いだったのだろうかと考えつつ、クルムは一瞬黙り込む。
しかし、早とちりをしてはいけないとすぐに思い直した。
彼にも何か金が必要な深刻な理由があるかもしれないと。
グロウバウゼンに語り掛ける。
「お金が入り用でしたら、依頼料はお望みの金額で結構ですよ……?」
グロウバウゼンはそれを聞いても相変わらず怖い顔をしたまま、ゆっくりと首を横に振って言った。
「いらない、です」
「はい?」
「お金はいらないです。師匠たちに、恩返しになるなら」
「良いから受け取っておけ、さっさと契約しろ。いちいち面倒くさいやつじゃのう」
「貰えるもんは貰えばいい」
グレイとラウンドの双方からさっさと契約しろと言われて、グロウバウゼン氏はしばし悩んだ末、こくりと頷いた。
「そうしましたら、こちらに署名を」
「……貸せ」
クルムがペンを差し出すと、いつの間にかやってきていたケルンが、横からパッとそれを奪ってグロウバウゼンの名を書く。
「すまん」
「いい」
それだけすると、ケルンはさっさとまたその場から離れた。
その一連のやり取りを見て、クルムも察する。
どうやらグロウバウゼンは、自分の名を書くことができないようだと。
「ありがとうございます。では、守るべき方を紹介させてください。詳細は移動しながらで……」
少し前のケルンであったら、文字を書けないグロウバウゼンのことなど相手にもしなかったことだろう。しかし、何も言わずに代筆してやるあたり、普段からグロウバウゼンともコミュニケーションをとっているであろうことが伺える。
本当に変わっていっているんだなと、クルムはなんだか妙な気分であった。
グロウバウゼンを紹介されたデモンズは、意外とすんなりとその護衛を受け入れた。よほど脅しが効いていたからか、いかにも強そうに見えるグロウバウゼンが頼りになるように思えたのだろう。
ついでにグロウバウゼンの功績をこそりと伝えてやれば、「よくぞ素晴らしい護衛を連れてきてくれた」と、クルムは手を取って感謝された。
あまりにもちょろすぎてちょっと心配になるくらいである。
とはいえここで手を緩めるつもりはない。
クルムは毎日あちこちの貴族と面会をしつつ、モーリスに頼んで、デモンズ邸を夜な夜な嗅ぎまわってもらい、わざと痕跡を残してデモンズを脅かした。
結果、夜も屋敷の護衛をしてほしいと泣きついてきたデモンズに、仕方がありません、と言って、他数名の冒険者を護衛として送り込むことに成功したのである。
こちらに関しては、ファンファの手の者を借りて、ある程度見目やしぐさが整っており、デモンズとしても気軽に相談ができるようなラインナップを取り揃えてある。
これによって、デモンズの行動の全てが、本人から聞かずとも逐一クルムの元へ届くようになったわけである。
デモンズは、家に護衛がやってくるようになってから、邸宅の外を嗅ぎまわる影がなくなったと喜んでいるが、クルムが引き上げさせたのだからそれは当然のことである。
これまで曲者ばかりを相手にしてきたクルムは、やはりあまりにちょろすぎてどうなのだろうかと思いつつ、デモンズへの仕掛けを一段落させたのであった。
◇
デモンズへの仕掛けが終わったことで、クルムたちは数日ぶりに全員で顔を合わせて話をすることになった。
全員というのは、クルムに味方している姉兄たちのことである。
「順調そうよねぇ、クルム? 実際どうなのかしら?」
ファンファがご機嫌に尋ねてくる。
クルムのことが上手くいけば、自分も上手くいく。
調子が良さそうならご機嫌なのは当たり前のことだ。
「そうですね……、実際順調です」
「……それにしては浮かない顔をしている」
ハップスが呟くように指摘したことで、クルムも頷く。
「ここまで妨害がないことが、少々不気味でして」
上手くいっていると、何か見落としがあるのではないかと不安になる。
成功体験が少ないからこその不安であるかもしれない。
ただクルムは、それが決して無視をしていいものではないように思えるのであった。
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