「でもねぇ、クルム。ヘグニお兄様はむかーしから、他の派閥に対する嫌がらせってしてなかったわよ? 仕掛けられたら徹底的にやってたみたいだけど」
「詳しいな」
「まぁ、私は昔から誰につくのが一番いいのか、ずぅっと様子を見てきたもの」
ファンファの言葉は、自分が安心したいがために吐き出されたようにも思えるが、一方で根拠がないわけではない。
ハップスがあからさまに敵対するのに対して、ファンファはあちこちの勢力をプラプラと渡り歩いてご機嫌取りを続けていた。
この中で最も各勢力の王子王女に詳しいのはファンファだろう。
「ルミネお姉様はどう思われますか?」
「そうね……、ヘグニお兄様は小細工を弄さなくとも正面から打ち破ればいい、と思っているのかも。それよりも、ジグラお兄様の方が心配ね。ここのところ表立って行動を起こしていないでしょう?」
「そうですね……」
ジグラが他国の貴族と接触していたところまでは確認しているが、それ以降特に何をしたという話は聞かない。
先日わざわざ話をしに来た時の通り、ジグラがもし本気で、ヘグニを先に潰そうと考えているのならば、今の時点でクルムと敵対をしないほうが良いと判断している可能性もある。
「ジグラ兄上が、ヘグニ兄上の派閥に、今もなお何らかの仕掛けをしていて、こちらに構っている暇がない、ということはないか?」
「今のところそのような報告は受けていません」
ハップスの想像もあながちありえないものではないが、だとすればもう少し噂が耳に入って来ていてもおかしくないはずだ。クルムはモーリスに頼んで街のいたるところに、耳を張り巡らせているし、王宮内での動きについても、一応気にしているつもりである。
騎士団として動いているハップスですら何も知らないのならば、それはきっと何も大きな出来事が起きていないということだ。
「そういえば……、クルムのところには先日ヘグニお兄様が直接いらっしゃったのでしょう? ハップスお兄様やルミネお姉様のところへは?」
「来ていません」
「同じく」
「そうなのね……。私にも来ていない、ということは、私たちを率いているのがクルムってことにも気が付いているわよねぇ?」
憂鬱そうにファンファが呟く。
気づくことができるくらいにはあからさまに動いているので仕方のないことであると分かっているが、それでも、これでクルムが負けた時点でファンファの身も危ういことは確定した。
いざ現実を突きつけられると憂鬱にもなろうというものだ。
「それで、実際に話をして、クルムはどう思っているのかしら?」
「そうですね……」
ヘグニの来訪は突然だった。
そして、今更というような話ばかりをされた印象である。
「……なんとなく、私たちの勢力と争い合いたくなさそうな印象を受けました。でもそれは多分……、ヘグニお兄様が自分の勝利を確信しているからです。慈悲をかけられているような気がして、惨めな……、そして腹立たしい気持ちになりました」
話しながらも、クルムはなんとなく自分の発言が的を射ていないような気がして首をかしげる。
そこからさらにしばしの沈黙をしてから、クルムはグレイの方を見て尋ねた。
「先生はどう思われましたか?」
「そうじゃのう……。これから王位に就かんとする者の野心らしきものは、まーったく見えんかった。淡々としていて、覇気がないというか……。つまらん奴に見えたのう」
クルムもまた、グレイの言葉を否定できなかった。
あれが、自分が戦うべき、倒すべき、最大の敵であるかと言われると、微妙な気持ちになる。
分からないことだらけだ。
考えても答えは出そうにない。
だからクルムは、話題を切り替えることにした。
今回、ルミネやファンファには伝えておくべきことがある。
「私はてっきり、ヘグニお兄様はお姉様やお兄様の元へも足を運んでいるとばかり思っていました」
「なぜだ?」
「……ヘグニお兄様は私に交換条件を出しました。もし平穏な日常を望むのならば、それを約束してくれると。ルミネお姉様や、ファンファお姉様が望む未来は、ヘグニお兄様の元でも叶えられるかもしれないということです。ハップスお兄様はともかく、お二人にとってその条件は魅力的でしょう?」
黙っていてもいいことだった。
しかし、黙っていることによって生まれる不信もある。
ならば自分から暴露して、ルミネやファンファの様子を見ておきたいというのがクルムの考えだった。
そして、もしここで二人が揺れるようであれば、その時のための説得の言葉はいくつも準備してある。
「俺はお前の味方をする。条件など関係ない」
「ありがとうございます」
真っ先に味方をしてくれたのはハップスである。
これに関しては想定通りであった。
「そんな試すようなことを言って」
続いて言葉を発したのはルミネであった。
よく表情が変わるようになった顔に、困ったように笑顔を浮かべていた。
「確かに私は、目的のために手段を選ばないこともある。それは認めます。でも、恩を仇で返す様なことはしたくないし、なにより、クルムを裏切った後、あの人が一緒に笑ってくれると思えないの。心配しなくても、私は最後までクルムの味方をするつもり」
あの人、というのは騎士団副団長のジグのことだろう。
罪を重ねたが、その精神は、ルミネを魅了するほどに高潔だ。
ルミネが本気で説得すれば、渋々同じ道を歩むのだろう。
しかしそうすればジグは、きっとその先の人生を心の底から笑って過ごすことはなくなるのだろう。
ルミネは、ジグを裏切らない。
ジグの心を裏切らない。
「ありがとうございます」
理由が自分でなくとも、クルムにとってはそれで十分だった。
「あのねぇ、クルム、私だってかわいい妹のこと裏切ったりしないわよ?」
「そうなんですか?」
ファンファの言葉は、クルムにとっては意外だった。
説得する言葉やら、行動やら、パターンをたくさん用意してきただけに拍子抜けだ。
「なにかしら、その反応! まるで私は裏切ると思っていたみたいじゃない!」
ぷんぷんと怒るファンファ。
かわいらしいが、クルムはファンファの本音はまだ聞けていないと確信している。
だが、それでも、ファンファが迷わずにそう言ってくれたことが、クルムは少しだけ嬉しかった。
「冗談です、お姉様。ありがとうございます、嬉しいです」
クルムの表情と礼は、これも意外なことに、何も考えずに素直に出てきたものであった。
「……まぁ、私だってね、そんな尻軽じゃないのだから」
ファンファの方も一転動揺して、少しばかり頬を赤らめながらぶつぶつと呟く。
心の中で、『ヘグニお兄様がその様子なら、もし負けてもそんなに悪い結果にはならなそう』なんて打算を持っていたことを、少しばかり反省していた。