「私様はいつだって私様と、私様を信じるエルフの味方をする。それ以外の者は、私様にとって有用かどうか、それだけ」
「質問を変えます。今回の王位継承争いでは、クルムの陣営につくつもりですか?」
「見て分からなかったか?」
「確認をしただけです」
セルルトはスペルティアとの会話を素早く切り上げた。
スペルティアの遠慮しない言葉は、普段王族として敬われて過ごしている者にとっては毒が強い。
ただ、セルルトは気分を害したというよりは、納得しただけのようにも見えた。
定期的に薬を受け取りに来ているのだとすれば、こんなスペルティアとのやり取りも慣れているのだろう。
セルルトは数歩進んで帰るそぶりを見せたが、扉の前でぴたりと足を止めて声を上げる。
「クルム」
「はい、なんでしょうか」
静かだがピリリとした緊張感をはらんだ声だった。
「先日、兄がお前のところを訪ねただろう」
「セルルトお兄様もご存じでしたか」
「私は止めたがな。……兄のためにも、私からもう一度伝えておこう。意地を張るな、この辺りで諦めて王位継承争いから身を引け」
じろりと振り返ってクルムを睨みつけたセルルトの表情は、いつものパッとしない雰囲気からは一変して、妙な威圧感があった。
「お断りいたします」
ひるまずに答えると、セルルトは振り返ってクルムを見下ろす。
「決着までそうして意地を張っていては、ろくな未来がないぞ」
「勝てばいいのでしょう」
セルルトは呆れたような表情でため息を吐いた。
いざこうして話してみると、セルルトはヘグニよりもずっと人間臭い。
「なぜそうまでして意地を張る。家族が死んだからか?」
分かったようなことを言うセルルトを、クルムは無言で見つめ返す。
なぜ立ち上がり、そしてどうしようとしているのか、それを敵に開示するつもりはない。
「王族や貴族が、権力闘争で身内をなくすことは珍しいことではない。確かに家族を失ったことは辛かったのだろう。だからと言って投げやりになる必要があるか? 普通に暮らしていいと言っているのだから、辛いことは忘れて、新たに楽しいことを見つけて過ごせばいいだろう」
「私がどうするかは、私が決めます。セルルトお兄様に決められることはありません」
「兄は、お前たちがわざわざ辛い思いをすることを気に病んでいる。その気持ちを汲んでやれないのか」
兄は、と強調した上で、苦々しい表情をしているところを見ると、セルルト本人はヘグニの考え方に反対しているのだろう。
「そのような気遣いはいりません。ただ、そのまま私を甘く見てくださるのなら、そのようにしていてください。私が王位に就いた時には、相応に、お二人にも優しくして差し上げますので」
クルムの痛烈な皮肉に、セルルトは悪い顔をしてにやりと笑った。
クルムが生まれて初めて見るセルルトの笑い顔であった。
「このような活きのいい妹がいたとはな。いっそ、兄の陣営に入れば重宝されるぞ」
「セルルトお兄様は耳が悪いのですか?」
「病の後遺症で、左耳は聞こえんな」
セルルトはプラプラと片手に持った革袋を揺らしながら答える。
皮肉がただの身体的な悪口になってしまったことで、クルムはばつが悪くなって顔をゆがめた。
「そんな顔をするような奴が、王位に就いてやっていけるとは思えんが」
「放っておいてください」
「人には向き不向きがある。能力があっても、王に向いているとは限らん。早くそれに気づいて、陣営に下れ。手遅れになる前にな」
セルルトは扉に手をかけながらそう言って、扉を閉めて去って行った。
言い逃げだ。
「聞いていた印象とは違うのう」
「昔からあんな感じ」
グレイの言葉に、スペルティアはさらりと答える。
「昔から……、というと、セルルトお兄様が病にかかった頃からですか?」
「そう。昔は私様に対しても、もっと生意気だった」
「意外ですね……。病気は、スペルティア様には治せなかったのですか?」
「私様が病のことを知ったのは、全てが終わってから。後遺症に対して薬を出し続けているだけ」
スペルティアはむっとした顔をした。
そこににやにやしたグレイがツッコミを入れる。
「実は治せなかったのを誤魔化してるんじゃろ?」
「グレイは失礼。生まれてから死ぬまでずっと失礼」
「勝手に知らん間のことまで決めるな」
「でも、実際私でも治せないものはある。それが本当に病気であるかも、まず怪しい。少なくとも、聞いた限り、私様の知っている病ではなかった。あれは……」
スペルティアは途中まで話してから、ピタリと言葉を止めて黙り込んだ。
「なんじゃい」
「患者のことを勝手に話すのは良くない」
「お主、そんな気遣いができたんじゃな」
「私様は偉い」
それで納得したらしいグレイは、そのままふらっと立ち去ろうとしたが、クルムがその服を掴んで止めた。
「すみません、どうしてもその先を聞かせてもらえませんか?」
「患者のことを話すのは良くない」
「お金を払いますから」
「あれは病というより、毒。私様も知らない毒」
お金の話をした瞬間、スペルティアの口がとてもとても軽くなった。
クルムは一瞬、もしかしてこの人に大事なことを何一つ話すべきでないのでは、と思ったが、すぐにそんな不埒な考えは振り切って、今回は自分だったからこそ話してくれたのだろうと信じることにした。
そうであってくれないと困る。
「コンプラどうなっとんじゃお前」
「こんぷら? それはお金になるもの?」
呆れたグレイが思わず皆のわからない言葉を吐いたが、頭がお金モードになったスペルティアは、グレイの言ったことなどまるで理解する気もないようであった。