転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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じっくりと腰を据えて

 ここから少しずつヘグニ、もといオブラ侯爵家派閥を少しずつ削っていく段階だ。

 オブラ侯爵家派閥と言えども、これまでの数十年の間に、様々な事情で降らざるを得なかった貴族たちもいる。

 彼らは弱みを握られていたり、何かしらの利益があってオブラ侯爵家についているのならば、そこを解決できればクルム派閥に乗り換える可能性もある。

 

 むしろこれまでオブラ侯爵家と関係があるからこその恨みというものもあるだろう。それをうまく利用しつつ取り込んでいく段階だ。

 情報収集は味方になってくれている貴族たちに任せてある。

 

 貴族には貴族同士の付き合いというものがあって、それは王族であるクルムのところまで見えないことも多い。

 ここから〈万年祭〉の間に残る十一カ月を通して、地道に、少しずつ大岩を削るような作業をしていくことになるのだ。

 時間にはいくらか余裕ができるが、逆に自分の陣営についた貴族の寝返りなども考えられるため、気持ちは休まらない日々が続くだろう。

 

「しっかし、よく分からんのう。正直、ヘグニとかいう奴より、セルルトとかいう奴の方が、よほど覇気を感じたが」

 

 毎朝の訓練を終えて、クルムがぐったりと休息をとっているところで、グレイが呟く。もちろん、グレイはクルムの訓練を終えてなお、筋トレを継続しながらだ。

 

「……実はそれは、私も少し感じていました」

 

 どちらが好きだ嫌いだ、という話ではないが、セルルトとの会話の方が、より芯に近い部分の話をしているようにクルムには思えた。

 昨日のセルルトの話を鵜吞みにするのであれば、ヘグニは自分以外の王子王女たちを寛容に迎え入れようとしている。

 オブラ侯爵家の操り人形となりかねない状況で、それをどれだけ守れるかはわからないが、お優しいことである。そして、優しいというのはきっと、王位に向いていないということであると、クルムはなんとなく理解している。

 

「先生」

「なんじゃい」

「先生の友人であった王子は、どんな方でしたか?」

 

 グレイはしばしその質問に答えずに筋トレを続けていたが、やがてため息とともに床にどっかりとあぐらをかいた。

 

「……ナックスは、大がつくほど甘い奴じゃった。それこそ、東に病気の子供あれば、行って看病してやり、西に疲れた労働者がいれば、代わりに荷物を背負ってやるような奴じゃった。喧嘩はやめろと間に入ってくるくせに、儂だけではなく、相手の貴族をも叱るような、公平な奴でもあった。誰かのためになる力が足りなければ人に頭を下げてでも、ことを達成することができる奴だった。きっとあの時殺されなくとも、どこかで早死にしただろうな。それだけ他人のことを気にかける癖に、自分のことなどどうでもいいと思っていたのだから」

「……先生が人をそれだけ褒めるのは、初めて聞きました」

 

 グレイは苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

「褒めとらんわ、あんな欠陥人間。欲望なくて何が人だ。そんなんだから殺されるんじゃ、糞ボケ間抜けが」

「王には向いていない方だったんでしょうね」

「誰が見たってそうだった。周りの糞馬鹿貴族共が持ち上げなけりゃあ、話題にも上がらなかった。良くも悪くも、人から好かれる奴だったんじゃ。八方美人しとるせいでな」

 

 頭が切れる善人。

 悪事を見過ごすわけではないが、公平で、こんな人物が王ならばと思う貴族たちがいたっておかしくないだろう。

 さらに、近くにグレイやバミ、そしてクルムはよく知らないが『優等生』らしかったブラックがいるとなれば、将来の賢王と期待されてもおかしくないだろう。

 

 「……ヘグニお兄様も、もしかしたら王には向いていないのではないかと、少し思いました」

「なんじゃ、ほだされたか? ここまで来て下る気になったのか?」

 

 自分の話ではなくなったためか、急にグレイはニヤつく。

 人の悪口を言う時や、からかったりするときに楽しそうな顔をするグレイは、どうやらナックスと正反対の性格をしているのだろう。

 

「まさか、逆です。お兄様がそのような方だというのならば、なおさら私が王位に就くべきでしょう。やりたいことがたくさんあります。幸い師に似てきたのか、すっかり性格も悪くなっていますから、きっと私は王に向いているでしょう」

 

 ベッドから体を起こしたクルムは、グレイに負けず劣らず不敵に笑っている。

 

「もしヘグニお兄様が本当にそんなにお優しい方ならば、宣言通り、私が王になって、穏やかに暮らしていけるように守って差し上げなければいけないでしょう?」

「言うではないか」

 

 クルムがベッドから立ち上がると、丁度そのタイミングで部屋がノックされてウェスカから朝食の準備ができたことを告げられる。

 

「まずは食事。それから今日は、モーリス殿や他信用できそうな貴族の方々を訪問して、次に声をかける相手を決めにいきます。先生は今日も同行をお願いします」

「まぁた貴族共のところか。退屈でいかん」

「今の王都はどこへ行っても比較的平和ですよ。騎士たちと、〈要塞軍〉の皆さんが協力してくださっていますし、貧民街の方々も仕事を得て大人しくしていますから」

 

 〈万年祭〉が始まって一月が過ぎたにしては、確かに過去にないほど平和な時間が過ぎている。大体は権力闘争で、もっとたくさんの死傷者や行方不明者が出るものなのだが、今回は王位継承争いも終盤に差し掛かっているからか、例年ほどではない。

 

「ふぅむ、残る問題を起こしそうな奴らは、陰湿な糞貴族共だけというわけか。どうせなら大っぴらに暴れ出せば、首を引っこ抜いてやるものを」

「縁起でもないことを言わないでください」

 

 クルムは軽い気持ちで注意をすると、いつもとさして変わらぬ一日を送るべく、朝食を食べに部屋から出るのであった。




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