転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ジグラは怪しい

 ジグラ陣営の動きは、ちらほらとクルムの耳に入ってきていた。

 こそこそと頻繁に隣国であるアハーバ王国の貴族と会談をしているのは知っている。アハーバ王国は、ジグラ王子の主な後見であるから、当然と言えば当然のことだ。

 ただ、その話し合いの全てが、王位継承争いを諦めるためと言われると、どうも信用ができない。

 これまで様々な手を打って来て、こうなるであろうことも分かっていたはずなのに、なぜここまで打開しようとしなかったのか。なぜ今になって諦めることになったのか。

 それが一切見えてこないのだ。

 他国のことだから情報不足だった?

 クルムの動きが予想外であった?

 先日妙な輩が侵入していた件が阻止されて、他に打つ手をなくした?

 

 そうだとすればあまりにもお粗末である。

 アハーバ王国はハルシ王国南西にある中規模の国であり、ジグラ王子の母親がハルシ王国に来ていることから分かるように、今は、特別険悪な関係ではない。

 ただ、互いに長い歴史の中、攻めたり攻め込まれたりという歴史があり、仲良しこよしというわけでもない。

 ハルシ王国が貴族たちの力の強い連合国的な王国であるのに対して、アハーバ王国は中規模ではあるが、王権の強い国だ。

 それはつまり、小回りが利くということである。

 小賢しいことがしやすいと言い換えてもいい。

 

 判断が非常に難しいところであった。

 クルムが黙って思案しているのをいいことに、ジグラはさらに続ける。

 

「僕もこれまでやってきたことがあるからね。諦めるにしたって立ち回りを考えなければならない。こんなことになるのならばという後悔もあるよ」

「……後援がなくとも、最後まで戦ってはいかがです」

「僕や母上、そしてその関係者に死ねというのかい? これは、クルムに味方することは諦めたほうが良いかな。それにしてもクルムは、なぜそんなに私のことを目の敵にするのかな」

 

 困ったような顔をして白々しくそんな問いを投げかけてくるジグラ。

 クルムは相手にするのも馬鹿らしいと思いながら答える。

 

「……あなたが謀略で、たくさんの兄弟やその臣下を殺してきたことは知っていますよ」

「皆生き残るためにやっていたことだ。ヘグニ兄上だって、降りかかる火の粉は払う。そして、クルム、お前だってそうするはずだ。お前は王位継承争いに参加してからまだ期間が短い。それに、積極的に仕掛けてくるような者は、既に戦いから身を引いたか、それこそ振り払われた後だ」

 

 王位継承争いから退く、と言いながら、ジグラの口は相変わらずぺらぺらと回る。

 

「クルム。お前はもしかしたら、他の王位継承者候補を殺したことがないのかもしれない。酷く陥れたこともないのかもしれない。でもそれは、時期が良かったとは思わないかな?」

 

 ジグラの言葉は間違っていない。

 クルムはもし自分の身や身辺に危険が及べば、間違いなくその根本を叩きに行くだろう。

 その過程で死傷者が出ることも、許容するだろう。

 やっていることは同じだろうと言われれば、その通りである。

 ただ一つ違うことがあるとすればそれは、クルムはこんなくだらない争いをなくすために王を目指しているということだ。

 そして少なくとも、積極的に敵を陥れるようなことはしていない。

 

「ねぇ、答えてくれない?」

 

 クルムが黙っていたことから、ジグラはその返答を催促してくる。

 それに対して、クルムはふっと鼻で笑った。

 

「兄上。兄上が敵になりそうだ、というだけで、その相手を積極的に陥れていたことを知っていますよ。私の二人の大事なお兄様たちの死にも、関わっていらっしゃるでしょう?」

 

 ジグラは表情を失くして、やや前のめりになっていた体をソファに沈め、小さくため息を吐いた。

 

「だから、僕との話し合いには応じない?」

「はい」

「いいのかい? 僕がヘグニ兄上の側について」

「むしろ私の方からお尋ねします。そんなに、私の配下になりたいのですか? その理由は? ヘグニ兄上より操りやすそうだからですか? それとも、アハーバ王国の方々にそうするよう命令されましたか? あまり、馬鹿にしないでください」

 

 ジグラの目が冷たく鋭くクルムを見つめ、クルムもまた、それを睨み返すように瞳を燃やす。

 

「わかった、話はこれで終わりだ」

 

 しばらくすると、ジグラは先に目を逸らして立ち上がった。

 同時にそれに対応するようにグレイも立ち上がる。

 いけ好かない奴だから威嚇してやろうという、ただの意地悪な気持ちからだったが、案の定ジグラは少しばかり体をのけぞらせた。

 そうしてグレイは拳を振り上げて、ぼりぼりと頭をかいた。

 ジグラが一瞬体を緊張させたのは、手を出してくるのではないかと警戒したのだろう。

 グレイはわざわざそれを確認してから、ニヤつきながら言う。

 

「まったく、実のない話ばかりしおって。退屈でかなわん」

 

 ジグラの方もグレイの正体を知っていることから、あくまでグレイからは目を逸らして、クルムの方を見ながら続ける。

 

「僕が降参すれば、これまで僕にかかっていた圧力も全て、クルムのところへ向かうことになる。本当に、話し合いに参加しないでいいんだね。一応これは、自分が撤退した後に、王国が荒れてほしくないから言っているんだけど」

「話し合いはどこで?」

「互いの公平を期すため、王宮の外の宿でとなっている」

「そうですか、ではお帰り下さい」

 

 場所を聞くだけ聞いて、クルムはジグラを部屋から追い出すことにした。

 ジグラはあくまで信用がならない。

 圧力をかけるためだけに、ケルンの部下を殺すような輩だ。

 王宮の中ならばともかく、どこかの宿でなんて言われて、交渉しようとは思わなかった。

 もしかしたらその交渉の場こそが、罠である可能性だってまだ捨てきれない。

 

 もしジグラがヘグニに下るとしても、国内のバランスは大きく変わらない。

 とはいえ、かなり厳しい状況に置かれることも本当だろう。

 クルムがやるべきことは、これからも地道に貴族たちの派閥に種をまき、それが実る様に水と肥料を与え続けるだけだ。

 あとはそれが実るまで、耐えることができるか……。

 

 デメリットはあるが、なんにしても信用できないジグラを身内にいれたくもない。

 怪しい動きをされるくらいならば、敵にいてくれた方がまだまし、というのがクルムの判断であった。

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