転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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セルルトの昼下がり

「殿下ならお出かけされております」

「……いつ頃お戻りになられますか?」

「伺っておりません」

「どちらに?」

「申し訳ございません、そちらもお答えできません」

「わかりました、ありがとうございます」

 

 アポイントメントもとらずにやってくればこんなこともあるだろう。

 ただ、外出の際には基本的に行き先か帰りの時間くらいは伝えておくものである。

 クルムは踵を返して廊下を歩きながらしばし考えて、目的地を変更した。

 

「セルルトお兄様のところへ向かいます」

「ああ、あの偉そうにしておるガキか。なぜじゃ?」

 

 グレイが王族をどのように見ているか分かる一言である。

 間違ってはないが、あまり外聞の良くない一言だ。

 

「セルルトお兄様は、ヘグニお兄様が、私や他の候補者に構うことを良しとしていないように見えました。逆に言えば、少人数で私の元へやって来られた、ヘグニお兄様の行動全般を把握されている可能性があります。一応、そちらに告げ口でもしておこうかなと」

「嫌な妹じゃのう……」

「お兄様の身を案じる優しい妹でしょう」

 

 減らず口を叩いている間に、セルルトが使っている区画に辿り着く。

 ヘグニのところと区画自体が隣り合っており、おそらく中庭か、区画内のどこかを経由することで直接行き来ができるようになっている可能性もありそうだ。

 仲違いでもしたら面倒だろうが、逆に言えば昔からずっと喧嘩をせずに仲良くやってきたということでもあるのだろう。

 

 はたして、セルルトの方は出かけていなかった。

 少し前に初めてそれなりに長い会話をしたことから、セルルトの動向に関してもクルムは改めて確認している。それによればセルルトは、基本的に長い時間外へ出かけることがないようであった。

 原因は様々囁かれていたが、基本的には病、スペルティアの言うところのおそらく毒の後遺症のせいであまり体が強くないというのが本当のところだろう。

 とにかく、想定通り与えられた区画内で静かに過ごしていたようだった。

 通された先は中庭。

 セルルトは大きな傘の下にある椅子に腰かけ、優雅に本を開いていた。そうしてクルムが姿を現したのを確認すると、そっと本を閉じて、小さなテーブルに伏せる。

 

「休息中にお邪魔してすみません」

「その通りだ、と言いたいところだが、私には来客が少なくてな。外に出る用事もそれほどない。調べたのならそれくらい知っているだろう?」

「しかしお忙しいでしょう」

「嫌味か? 昼間から中庭で本を読んでいる奴が、お忙しそうに見えるとでも?」

「はい」

 

 クルムはためらわずに頷いた。

 それにはいくつか理由がある。

 一つ目に、今セルルトが腰かけている椅子が日焼けしておらず、そして足元に揃えられた芝生が削られてもいないことから、この場所が頻繁に使われていないことが分かる。

 二つ目に、セルルトが開いていた本を、しおりも挟まずに閉じたことだ。

 その二点から、クルムはセルルトが、自分が療養に徹しており、忙しく働いていないよう、人に見せたがっていると判断した。

 わざわざクルムが来たと聞いて、少し待たせている間にこのシチュエーションを用意したのだ。

 

「……かわいくない妹だ」

「かわいげを出しても王にはなれないので。そんなことよりも急ぎお伝えすることがあります」

「そうだろうな。でなければこんな嫌味な兄の元は訪れまい」

 

 クルムはひねくれた言い方をするセルルトのことがそこまで嫌いではなかったが、かといってフォローしてやるような仲でもない。

 自虐を無視して頷き答える。

 

「はい。セルルトお兄様は、ジグラお兄様とヘグニお兄様が会談をする予定になっている話をご存じですか?」

 

 当然知っているものとして切り出した話に、セルルトは返事をせずに眉をひそめた。

 それを見て、クルムもまた同じように眉をひそめる。

 離れた場所でセルルトの護衛と共に様子を見ていたグレイは、その表情の作り方の一致に、妙な血のつながりを感じたが、今大事なのはそこではない。

 

「聞いていませんか? 私はてっきり、セルルトお兄様とヘグニお兄様の間には隠し事がないとばかり思っていましたが……」

 

 先日の雑談があってから、クルムはセルルトがこれまで聞いてきたような、ただのスペアではないと判断していた。むしろ、その頭脳の切れ味は鋭く、ヘグニを戦略面で後押ししているのではないかとばかり思っていたのだ。

 

「話をしたいと言ってきていることは、知っている。応じるべきではないとも伝えている」

「それを聞いて安心しました。実はジグラお兄様は、私の方にも同席するよう求めてきたのです。セルルトお兄様が仰るに、ヘグニお兄様は私たち弟妹の身を案じてくださっているそうですから、万が一誘い出されてはと思いまして」

「なぜわざわざ知らせに来た」

 

 クルム陣営からすれば、ヘグニに何かあれば得にしかならないはずだ、とセルルトは考えたのだろう。しかしクルムは別に、他国に王族を利用されたいわけでもなければ、必要以上の混乱を招きたいわけでもない。

 セルルトはクルムとの関わりが少ないせいで、その辺りの読みが上手くできていないようであった。

 そしてクルムもまた、その読みを外させるようにわざと小生意気なことを口にする。

 

「想定外の事態が起こると面倒なので」

「想定通り進めば勝てると?」

「もちろん、そうですが」

「本当にかわいくない妹だ」

「まだまともに話したのはこれで二度目です。これから良いところを探してください」

 

 グレイとの軽口の応酬に慣れたクルムは、セルルトを見事に閉口させてみせた。

 おそらく王族には必要のない技術である。

 

 そして最後にクルムはもう一つ大事なことを確認する。

 

「忠告をしようと先にヘグニお兄様の元を訪ねたのですが、ご不在のようでした。セルルトお兄様は、ヘグニお兄様の行き先は……、ご存じですよね?」

 

 ジグラの話があってからまだほんの数日。

 まさか今日が話し合い当日であるとは流石に思っていないけれど、まさかということはある。

 だから念のため、クルムは確認をしたのだ。

 

 セルルトはクルムの質問に対して、手で口を覆うようにして、先ほどよりもさらに眉間の皺を深くして、グレイと共にいる護衛を睨みつける。

 

「……どうなっている」

 

 その瞳にはクルムとよく似た、しかしやや性質の異なる、静かな意思の炎が宿っているようであった。

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