転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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これが日常

 セルルトを守る様に体を滑りこませていた護衛の二人は、驚愕していた。

 人というのは暴力を振るう前に、あらかじめの準備が必要なものがほとんどだ。

 特に王都に住んでいると、その切り替えが必要ないような人間は、ほとんど凶悪な犯罪者にしか存在していない。

 二人の護衛は仕事中であるからこそ、見覚えのない人物が駆け寄ってくるのを見て、さりげなく警戒をして体を滑りこませ、何とか武器を抜くところまで持っていけた。

 しかし何の予備動作もなく前蹴りを放ったこの老人は、直前までセルルトをからかってニヤついていたのだ。

 それなのに、クルムの護衛であるこの老人が、セルルトへの凶行に対して、誰よりも素早く、日常から暴力のある非日常への移行を果たして見せた。

 しかし、二人の護衛はなんとなく本能的にわかっていた。

 この男にはおそらく、日常と非日常などないのだと。

 常に暴力の世界に住まう、凶悪な犯罪者と同じ精神性をしているのだろうと。

 

「クルム! 一度部屋へ戻る。道中お主の兄姉に声をかけ、ウェスカを連れてバミの元へ向かう」

「わかりました」

「遅れるな」

 

 状況がほぼ何もわかっていないにもかかわらず、グレイはてきぱきと判断を下し、味方陣営の保護に動き出した。王宮においてクルム陣営が守るべき者は、ウェスカたちと、味方に付いている王子王女、そしてバミとスペルティアである。

 

「待て!」

「待たん」

 

 セルルトが声をかけたが、グレイはそれを却下して廊下をずんずんと進んでいく。

 足を止めて話をしている時間などない。

 グレイが話を聞く様子がないことを理解すると、セルルトは舌打ちをして即座に部下たちに指示を出した。

 

「全員この老人に続く、離れるな」

「邪魔じゃ、殺すぞ」

「人が多ければ盾にくらいなる。相手も仕掛けにくくなるはずだ」

「目立つだけの足手まといはいらん」

「どうせ人が増えれば目立つ。一人でも死傷者を減らすための方策だ、悪いが意見はきかん」

 

 グレイは舌打ちを一つしてセルルトとの会話を切り上げた。

 クルムと二人きりならばともかく、ここからクルムの各兄姉の元を回れば、確かに人数は増える。そうなればいやでも目立つことだろう。

 セルルトの言うことは、先々の話まで考慮すればあながち間違っていない。

 

 王宮の王子王女に与えられた区画は、東側。

 一方でスペルティアやバミがいる区画は西側にあたる。

 つまりその道中では、どうしたって敵方が抑えている中央を突破する必要がある。

 スペルティアに関しては、立場上あまりひどい目に遭うことはないはずだが、バミに関しては話が別だ。そしてその部下となっている、ホープとクリネアも。

 だがそこは敵にとっても優先して制圧するべき場所ではないはずだ。

 この動きに何か狙いがあるとすれば、それは王族の命である可能性が高い。

 帰ってきた従者に紛れて、セルルトを襲ってきた刺客がいたことが、それを物語っていた。

 

 王位継承者争いの区画割り当ては、ヘグニとセルルトの区画を中心として、東西に広がっている。そのため、グレイは廊下に出るとまず、王宮の入り口へと進んだ。

 クルム派閥の者たちの中では、こちらにはルミネの区画がある。

 

 廊下の奥からこちらに向かってやってきている者たちを見て、グレイはクルムに尋ねる。

 

「ありゃあ王宮の兵士か?」

 

 グレイは基本的に兵士たちの顔などほぼ覚えていないが、自分に対する殺気に敏感だ。だから、王宮に務めている者の顔と名前をほとんど覚えているクルムに尋ねた。

 

「いえ、違います。見たことがありません」

 

 クルムは数人の顔を見て、もれなく知らない者たちであると確認し、はっきりと答えた。

 

「なら敵じゃな」

 

 わざわざ兵士に扮してやって来るあたり、相手方も本気だ。

 そしてそれは、グレイが好まぬ薄汚いやり方であった。

 

 走りだしたグレイは、先頭にいた兵士がたまらず槍を突き出してくるのを見てから躱し、右足で床を踏みしめるのと同時に、右の拳を突き出した。

 走る速度、踏み出す力、そしてインパクトの瞬間に破裂させた魔素。

 本来は人体を容易に貫通してしかるべきその威力を、兵士の体に方向性を持ってぶつけることにより、先頭の兵士を弾丸のように射出。

 後ろからやってきていた兵士たちを巻き込んで吹き飛ばす。

 グレイはそれを走って追いかけて跳躍。

 兵士たちが折り重なって倒れた上に着地した瞬間、足裏から魔素を破裂させて、兵士の全てを使い物にならないようにした。

 

 いく人かは生きているかもしれないが、もはや戦える状態でないことは明白だ。

 王宮で暮らすものであれば生涯目にすることのないであろう、あまりに純粋な暴力。セルルトに付き従ってきた者の多くは、表情をひきつらせた。

 ただし、一部の護衛などはその無駄のない見事な戦いっぷりに、しびれるような感銘を受ける。そして、本来グレイが敵方であることをすぐに思い出し、思わずうなり声を上げた。

 

 集団の中でただ一人、迷わずグレイの後を追いかけていたのはクルムだった。

 グレイが踏みつぶした兵士たちから降りる頃には、すぐ近くまで追いついており、そのまま二人はさっさと角を曲がってルミネの区画を目指して走っていく。

 

「行くぞ……!」

 

 セルルトの一言に我に返った一行は、すぐにその後ろを追いかける。

 全員が、先ほどのグレイの口から発せられた『足手まとい』の意味を、じんわりと理解し始めていた。

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