転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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見えない状況

「陛下は無事だろうか」

 

 ハップスがまず口にした懸念は、国王の安全であった。

 このような状況にあっても、父ではなく陛下と呼ぶあたり、好感度が高くないことは間違いないが、それはそれとして死んでもらっては困る。

 王位継承争いは未だ終わっていないし、国王が暗殺されたとなれば間違いなく国が混乱する。〈万年祭〉の最中にそんなことになったとあらば、警護の責任を預かる騎士団長は解任だけでは済まされないだろう。

 ハップスはどちらかと言えば、ホワイトの心配をしていた。

 

「どうせ王宮には秘密の逃げ道があるじゃろう。国王なんぞの心配よりも状況把握の方が先じゃ」

「む、そうですね」

 

 グレイの武に信頼を置いているハップスは、思考を軌道修正されて素直に従う。

 緊急事態ともなれば、グレイもふざけないでまともな意見を出したりするのだ。

 もしかすると、ただ国王なんかとっととくたばれと思っているだけの可能性もあるが。

 大いにあるが。

 

「敵は?」

「見たことのない兵士でしたから、国内の兵士が裏切ったわけではありません。騎士のうちの誰かが裏切ったわけでもないでしょう。ただ、訓練された動きをしているようでした」

「……貴族の裏切りか」

「あるいは、アハーバ王国かと」

 

 ジグラ王子についての情報をクルムほど正確に把握していないハップスは、先に国内貴族の反乱を疑ったようである。確かに、王宮内の情報を得るにはその方が都合がいいはずだ。

 

「……両方かもしれんな。王国南東部の貴族は、今のオブラ侯爵家中心の王国体制には不満があるだろう?」

 

 ようやく息を整えたセルルトは、やってきた方向を睨みながら呟く。

 南東部となると、〈万年祭〉が始まってから、クルムが仲間に引き入れたベゼルフッド辺境伯家が中心となっている地域である。

 

「……ベゼルフッド辺境伯をお疑いですか?」

「数年前から領内で募兵、調練、武器の調達をしていると、オブラ侯爵家の手の者から報告があった」

 

 クルムがベゼルフッド辺境伯を味方につけていることは、セルルトにも伝わっているはずだ。

 心当たりはないかという問いでもあったのだろう。

 

「それはオブラ侯爵家による専横に対する備えでは?」

「そうかもしれんな。可能性の話をしているだけだ」

 

 クルムがさらりと否定すると、セルルトはあっさりとその意見を受け入れた。

 特にオブラ侯爵家を庇おうという気持ちはないらしい。

 

「私が持っている情報からすれば、それこそ〈要塞軍〉あたりが一番怪しいのだが、お前たちの様子を見る限りそれはないのだろうな。最初に助けられていなければ、王位継承争いに勝てないと悟ったお前たちが、力技を行使してきたのかと思っていたところだ」

「お前を殺すだけで良いのなら、儂一人の拳でおつりがくるわ」

 

 セルルトの護衛は静かにグレイを警戒したが、セルルトは冷めた視線で一瞥して口を開く。

 

「その通りなのだろうな。貴殿でなくとも、ハップスでも、その辺の騎士でも、やろうと思えば私のことなどいつでも殺せる。問題はその後だ。その後に、陛下やら、兄上やらを始末した上、つじつまを合わせて滞りなく国政を執り行うことのには、大変な困難を伴うはずだ。できるできないではない。できることなら取りたくない手段であるはずだ、という話をしている」

「お前、むかつくのう。自分の命まで俯瞰して見て、策士気取りか?」

 

 いちいち絡まれて面倒くさくなったのか、セルルトはじろりとクルムを見る。

 

「クルム、話が進まん。何とかできないのか、この老人は」

「できません。セルルトお兄様が、いちいち相手するのが悪いです」

「なるほど」

 

 放っといて話を進めろというクルムの言葉を正しく受け取ったセルルトは、グレイが横から絡んでくるのを無視して話を進める。

 

「それからもう一つ。オブラ侯爵家が裏切っている可能性もあるな」

「……それをセルルトお兄様が知らされていないと?」

「近頃情報に偏りがあると感じていたところだ。奴ら、私たちに対して何らかの情報を隠蔽している可能性が高い。なぁ、どう思う、お前たちは」

 

 セルルトはあからさまに自分たちの従者の一部に目をやった。

 その従者たちは何を聞かれたかわからないような顔をしていたが、その動作だけでセルルトが身内の従者までも疑っていることが分かった。

 最大派閥の人間だからこそ、日常生活は意外と窮屈なものであるのかもしれない。

 

「どちらにせよ、相手方の戦力を過小評価するべきではないだろうな」

「んで、どうするんじゃ結局。話が決まらんのならば、儂はさっさとスペルティアとバミの元へ向かうが?」

 

 難しい決断であった。

 この場には非戦闘員も多数いる。

 しかもこうして話をしている間にも、使用人たちは続々と騎士たちの訓練場に集まり始めている。

 それらは明らかな足手まといであるし、連れて移動しながら戦うことは難しい。

 

「グレイ殿。先行してスペルティア様とバミ大臣と合流し、王宮入り口まで戻ってきていただきたい。俺たちはその間にゆっくりと進んで、王宮の出入り口を確保しておく。合流次第王宮を離れ、貧民街にいるラウンド殿の元へ向かう」

「ならば儂は行くべきじゃな」

 

 グレイはすぐさま数歩進んでから、ピタリと足を止めて振り返る。

 クルムがついて来ていないことに気が付いたからだ。

 

「先生、私はこちらに残ります」

 

 グレイは素早く辺りに目を走らせ、クルムの身に危険を及ぼしそうなものがいないかを確認する。数人、危なそうなものはいたが、ハップスや騎士たちが警戒していれば何とかなる範囲だろう。

 あとは王宮に乗り込んできている偽兵士の戦力次第といったところか。

 

「残る、でいいんじゃな?」

「はい、今はそうすべきです」

 

 まずもって、ついて行けば救出への足手まといになる。

 更に言えば、できることならば、多数の使用人の前でハップスと共に、この脱出劇の中心となって指揮を執る姿を、多くの者に印象付けたい。こんな状況にあってもなお、クルムは自分が王になるための努力を怠るつもりはなかった。

 グレイはウェスカとハップスの顔を順番に見て、その引き締まった表情を確認すると、にやりと笑って一言。

 

「ま、ついてきたら足手まといじゃからな」

 

 余計なことを言ってのち、返事は聞かずに風のように走りだすのであった。

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