転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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凶刃

 いくつかの角を曲がったところで、行く先が騒がしくなった。

 どうやら逃げていった偽兵士たちが言い争っているようである。

 

「いいから通してくれ!」

「敵はどんな相手だ!」

「爺だ! 化け物爺! 魔法も使う、あれは無理だ!」

「逃げるな、戻って戦え!」

「じゃあお前らが先に行け!」

 

 などなど。

 どうやら増援としてやってきた偽兵士と、逃げた偽兵士たちの間で問題が起きているようだ。

 王宮の出入り口までは間もなく。

 グレイは足を止めて、しばしこの場で様子を見ることにした。

 

「おお、それなりの数ついて来ておるではないか」

「随分と減っただろう、嫌味か?」

「何でも疑うのはどうかと思うがのう」

 

 バミについてきた者は、ホープとクリネアを除いて十数人。

 彼らが精鋭だと考えれば十分な数だが、もといた人数からすると三分の一程度だ。

 

「どうしたグレイ。さっさと行って暴れてこないのか?」

 

 ひょこっと一瞬顔を覗かせて戻ってきたスペルティアが、騒いでいる兵士たちのいる方を指さしてグレイに尋ねる。

 

「どうせ次に出るのであれば、クルムたちがこちらへやってきた時が良い。今は様子見じゃ」

「大人になったな、グレイ。昔なら皆殺しだったろう」

「無理に我慢しなくてもいい」

「お主ら馬鹿にしておらんか?」

 

 バミとスペルティアは顔を見合わせて首を傾げた。

 昔々のグレイであれば、一人で突っ込んでいって大暴れしていたはずだ。

 馬鹿になどしていない。

 

「儂が今突っ込んだら、お主らが無防備になるじゃろうが」

「昔ならその前に全員やればいいと言っていたがな」

 

 言われてみればそんな記憶はあるし、今でも場合によってはやる。

 ただ、グレイも長年冒険者をして、子守りをして生きてきて、人を守ることの難しさというものは散々思い知っている。

 それに加えて今回は敵の勢力が未知数だ。

 多少は慎重に動くべきだというのが、グレイの判断であった。

 

 しばらく待っていると、「どけ!」と大きな声がして辺りが静まり返った。

 おそらくもう一人、指揮官らしきものが現れたのだろう。

 

「俺についてこい。その爺とやらをぶち殺してやる」

 

 その声の主が、そんなことを言って歩き出すと、後ろにぞろぞろと足音が続く。

 さて、どうしたものかとグレイが壁に寄りかかって待機していると、途中で足音がやんだ。

 

「そこに隠れているな、出てこい!」

 

 グレイ一人ならともかく、ここにはたくさんの人が集まっている。

 武芸に秀でた者ならば、それに気づくことなど容易いだろう。

 グレイは鼻を鳴らしてから、ぼそぼそと口の中で呪文を呟きつつ角から姿を現す。

 

「食らえ!」

 

 随分と離れた間合いから、ひと息に飛んできた男の手には、長い長い槍が握られていた。

 

猛槍逐(もうそうちく)

 

 その言葉と共に、グレイが人差し指と中指を合わせて、くいっと上に動かす。

 瞬間、床板を突き破って地面から岩でできた細長い杭のようなものが何本も何本も突き出してくる。

 それは槍を半ばから断ち切り、男の鼻先をかすめ、腹をぶち抜いた。

 

「がぁあっ、魔法とは……この……卑怯な……」

 

 血を吐き出しながら男がグレイを睨む。

 

「殺し合いに卑怯も糞もあるか。そもそも一対一なら受けると言ってやったが、お主、あ奴らを連れてこっちへかかって来たじゃろう。人数を考えてはどうじゃ? ほぅれ、どっちが卑怯者じゃ?」

 

 男は串刺しになっているが、もし優秀な治癒魔法使いを連れていれば助かる可能性はあるだろう。

 

「お主らも……、もう四十秒は過ぎたが、そこにいて良いのだな?」

 

 グレイが反転してきていた偽兵士をじろりと睨むと、彼らは恐慌状態に陥って一斉に退却を始めた。

 元々は戦う気概があった新たな者たちも、目の前で指揮官をあっさりと仕留められては、戦う気も削がれたのだろう。足並み揃えての退却開始である。

 

 そんな折、彼らが逃げていく方向も、にわかに騒がしくなった。

 

「やってきたようじゃな」

 

 グレイは廊下の欄干を蹴り壊すと、そこから庭へ飛び降りて兵士たちの喧騒に交わらないようにしながら歩いていく。

 そうして王宮内と外を隔てる高く丈夫な石壁に辿り着いた。

 この壁を壊して、すぐ目の前にある堀にかかる橋を渡れば、それでもう王宮からは脱出だ。

 

「壊すんだな」

「壊すのか」

「壊す」

 

 バミが当たり前のように言って、スペルティアが硬い壁を見ながら呆れたように言って、そしてグレイがその想像を確定させた。

 

 少し離れた場所から、ハップスの「道を開けよ!」という声が響いた瞬間、グレイは壁に拳を叩き込み、めり込んだ拳の先から魔素を破裂させた。壁の近くにいた者が、はじけた石に巻き込まれて吹き飛んでいく。

 

「突撃です!!」

 

 ひときわ高い声が響いた。

 よく響くその声は、ハップスのものではなく、いつも聞いている少女の声。

 クルムであった。

 この状況で大きな破壊音が聞こえたとなればそれはグレイのものに決まっている。

 それを一切疑うことなく信じているクルムだからこそ、タイムラグなく指示を出すことができた。

 

「進め!」

 

 すでに駆けだしている数人の冒険者たちに、騎士が続く。

 グレイの方に気を取られていた偽兵士たちは、次々と切り伏せられていき、動揺から立ち直れない。

 指揮官らしきものの声がしないのは、先ほどグレイが廊下で、該当人物をモズのはやにえのようにしてきたからである。

 

 道が空いた。

 すぐに先頭に躍り出たハップスが、道を切り開き、そのままグレイたちに合流する。

 

「足を止めるな! 儂が殿をする!」

「全員、ついてこい!」

 

 ハップスはグレイに返事こそしなかったが、改めて騎士たちに指示を出して街中を進んでいく。

 グレイのいる場所で足を止めたのは、クルムとウェスカだった。

 

「ちょうどいいところでした」

「余裕過ぎて様子を見ておったからな。お主も良い反応じゃった」

「ありがとうございます、流石先生です」

 

 流石にこんな時には憎まれ口も叩き合わないらしい。

 隣にいるウェスカは、二人の間に確かに存在している絆のようなものに、静かに感じ入っていた。

 

 やや遅れて、護衛たちに助けられながらセルルトが姿を現す。

 体が悪いせいか、常に肩で息をしているような状態だ。

 グレイは仕方なく、セルルトを追ってきた偽兵士数人を蹴りと拳で始末すると、少し間ができたところで、指先を地面に向けて左右にびゃっと走らせた。

 指先から迸った炎が、地面にゆらりと横線を作る。

 

「この線を越えてきた者は全員殺す!」

 

 実際に目の前で一瞬にして数人の仲間が殺されているような状況だ。

 堂々と宣言されて、そこから先に踏み出せるものはいなかった。

 

 グレイが悠々と背を向けてセルルトを追おうとしたその時だった。

 兵士たちの後方から怒鳴り声が聞こえる。

 

「何をしている、殺せ! お前だ! 一人でもいい、殺せ!」

 

 振り返っても偽兵士は誰も追いかけてこない。

 むなしい負け犬の遠吠えだと前を向いたグレイが見たものは、セルルトの脇腹に短刀を突きさす一人の従者の姿であった。

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