転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

424 / 424
王家の複雑な状況

 グレイが眉をひそめて盛大に舌打ちをしたときには、セルルトを差した従者の首は飛ばされていた。

 ひねりを入れられているのか、それとも刺さっただけなのか。

 グレイの目からの判断はできなかったが、ただでさえ体が弱そうなセルルトが、そう長い時間生きていられるとは思えない。

 

「つまらん真似を……、馬鹿者! 触るな! お主らも止めんか!」

 

 震える手で短刀に手を伸ばしたセルルトを見て、グレイは一喝する。

 周囲の者がその愚行を黙ってただ見守っているのも、グレイにはまったく理解できなかった。

 抜けばそこからするすると命と等価の血液が漏れていく。

 下手にいじくるより、短刀で蓋をしているままの方がまだましだ。

 

「ええい、胸糞悪い……、行くぞクルム!」

「っ、はい!」

 

 駆けだしたグレイを見て、調子づいたのか、背後にいる偽兵士らの指揮官が下知を飛ばす。

 

「今だ! 一斉にかかれ!!」

「なぁにが『今だぁ』じゃ! 足手まといがいなければ貴様らなど今頃皆殺しじゃ、糞共が!」

 

 振り返って言い返したグレイは、近くにあった荷車を手に取ると、今にも倒れそうなセルルトに足を掛け、腕で支えながらふわりとその上に寝かせた。

 声をかけて自発的に寝かせる時間ももったいなかったらしい。

 その間もグレイは怒りに満ちた表情で、口の中でぶつぶつと何かを言っている。

 

「逃がすな! 追え!」

「腹立つのう! やっぱ死ね!」

 

 逃げると言われてカチンときた、というよりも、背中を向けて呪文を唱えていたのだろう。

 振り返り様に偽兵士たちに向けた指先から、水で形作られた竜が飛び出していく。

 その竜は大口を開けて近付くもの全てに噛みつき、見る間に血で赤く染まっていく。これまでクルムが見たことのない、グレイが昔から得意としている、凶悪な魔法であった。

 グレイは魔法を放ち終えると、荷車の持ち手を掴み、寝転がっているセルルトを怒鳴りつける。

 

「ナイフが抜けぬよう、良く押さえておけ! 今回だけは特別に、できるだけ揺らさぬよう、超特急で運んでやるわ! クルムも乗れ!」

「はい!」

「全員ついてこい!」

 

 先頭を走るグレイは、荷車を押しているにもかかわらず風のように速い。

 時折段差があると、腕にぐっと力を込めて車輪が跳ねないように荷車を持ち上げる。

 おかげで、宣言通り荷車の上は極めて快適であった。

 

 その間に、クルムはただでさえ白い顔色を、いっそう青白くしているセルルトに話しかける。

 

「セルルトお兄様、他に裏切り者の心当たりは?」

「刺されている兄に……容赦のない……」

「そんな暇はありません。あるのですか、ないのですか」

「……私を刺した者は、昔から傍にいた従者だ。かれこれ、二十年来の付き合いになる」

「誰だって裏切り者の可能性があると」

「ある……。そうならぬよう、特に近しい者は取り込んできたつもりであったが……」

 

 グレイの後ろを追ってくるセルルトの従者や護衛たちを見て、クルムはため息を吐いた。いっそセルルトだけ攫って連れてくればよかったとも思う。

 

「ご自身の身辺くらい、きちんと整理しておいていただきたいところです」

「勝手なことを……私がどれだけ苦労したか……」

 

 今まで想像もしてこなかったが、この様子だとセルルトはただただオブラ侯爵家の操り人形として生きてきたわけではないのだろうとクルムは思う。あくまで推測の域を出ないが、それでも荷車に座ってやることがないと、どうしたって頭が働く。

 ヘグニがやってきたときに感じた違和感。

 敵愾心のなさと、妙にぬるい雰囲気。

 そしてセルルトの言葉。

 オブラ侯爵家と、ヘグニ派閥の関係が、常に良好であったとは限らない。

 少なくともセルルトが、この内乱にオブラ侯爵家が加担しているかもしれないというのだから、それは間違いないのだろう。

 

「よぅし、追いついた。クルム、降りて走れ! スペルティア、乗れ!」

 

 どうやら先に逃げていたスペルティアに追いついたらしい。

 クルムは思考を停止して荷車から飛び降りる。

 

「私様のために車を用意するとは感心」

「馬鹿言っておらんで、そこの部下に刺された人望のない糞王族を治してやれ!」

「支払い」

 

 スペルティアは荷車に乗ると、傷口を四方から眺めながらいつも通りの要求をしてくる。

 

「そいつが払う。払わなかったら、儂が小突き回して払わせてやる」

「うん」

 

 グレイの言葉に納得したのか、スペルティアは短刀の柄を握り、ゆっくりとそれを抜き取りながら、空いた手で治癒魔法をかけていく。

 グレイはその間も荷車を持ち上げて、揺らさないように運んでいた。

 後ろから続々と人々が追い付いてくるが、今のところ偽兵士らしい追っ手は見当たらない。

 少しばかり歩みを緩めたハップスを先頭に、一行は元貧民街へと向かう。

 区画が整理されて、以前よりは随分明るくなった道を進み、〈要塞軍〉が勝手に駐屯地にしている辺りに到着する。

 そこには既にラウンドが珍しく難しい顔をして待っていて、クルムたちの姿を見ると目を丸くして駆け寄ってくるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~(作者:翠碧緑)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

気が付くと、俺は人間と魔族が争うクソみたいな世界で、赤ん坊として捨てられていた。▼孤児院で育ち、飢えと貧困に耐える日々。▼そんな中、外見の特徴を理由に貴族に拾われる。▼どうやら俺の血には「特別な何か」が混じっているらしい。▼理不尽(暴力)。▼理不尽(陰謀)。▼そして、逃れられない理不尽(因果)。▼それでも、俺は生きることを諦めない。▼「そっちがそう来るなら、…


総合評価:6289/評価:9.18/連載:136話/更新日時:2026年06月28日(日) 20:09 小説情報

魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話(作者:考える人)(オリジナルファンタジー/コメディ)

 中学三年の夏、ごくごく一般的な少年である渡谷(わたがや) 雪春(ゆきはる)は、怪しい男の勧誘を受け、まるでフィクションのような世界――魔法や異能が存在する世界へと飛び込むことになる。異能を学ぶ学園に入学した雪春が望むのは、もちろん漫画やラノベの主人公のような存在になること。夢にまで見た世界が実在していたことで、浮かれ切った雪春はそうなれると信じて疑わなかっ…


総合評価:35586/評価:9.06/連載:106話/更新日時:2026年07月12日(日) 17:02 小説情報

【一巻8月20日発売予定】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す(作者:棘棘生命)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

(旧題:裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す)▼ニッチな需要のあるゲーム世界で、鬱展開を破壊する話▼鬱を破壊した分、様々な種類の闇は主人公に降りかかるものとする▼オーバーラップノベルス様から、8月20日に第一巻が発売予定です!皆様のおかげです。ありがとうございます!▼


総合評価:16116/評価:8.89/連載:124話/更新日時:2026年07月15日(水) 23:14 小説情報

バスタード・ソードマン(作者:ジェームズ・リッチマン)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

それなりに強力なギフトを持って異世界に転生したものの、モングレルには大きな野望も志もなかった。▼やろうと思えば強い魔物も倒せるし、世界を揺るがす先進的な知識もなくはない。▼だが、そうして活躍することによって生まれる軋轢やトラブルを考えると、保身に走ってしまうのが彼の性格だった。▼ギルドで適当に働いて、適当に飲み食いして、時々思いつきで何かをする。▼これは中途…


総合評価:127982/評価:9.18/連載:430話/更新日時:2026年07月14日(火) 01:18 小説情報

【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~(作者:不破ふわる)(オリジナル現代/ホラー)

上位存在に日替わりで性別をコロコロされる生贄系転生者が、因習村を抜け出して怪異風味の現代ダンジョンに殴り込み(強制)を仕掛ける話。


総合評価:23243/評価:9.01/連載:157話/更新日時:2026年07月15日(水) 20:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>