クルムとケルンは、それぞれ手分けして貴族家へ向かい声をかけていく。
より近しい者には、今はとにかく自分たちを信じてともに来るようにと。
離れれば離れるほど、状況を伝えて判断は相手任せに。
それこそクルムと関わったことによって当主となった、モーリスやフルートなんかは、一も二もなく、家の者をまとめて付いてきた。
逆にここ数カ月の付き合いである、ベゼルフッド侯爵含め、南西方向の貴族たちは、少しばかり準備に時間がかかるとのことだった。
クルムは予定通り、集合場所を指定し、出発までの刻限を伝えていく。
回るべき家をぐるりと回って集合場所で待機していると、最初にやってきたのはケルンだった。しかも、しっかりデモンズ伯爵と、北東方面の貴族が数人付いてきている。
「ご決断が早かったようですね」
デモンズなんて、どちらかといえば優柔不断で、ぎりぎりまでどうするか決めかねる方だと思っていた。
クルムは内心驚きながらも、平静を装って声をかける。
「グロウバウゼンを連れていくと言われては、私も共にいかねばならないでしょう。まして私は狙われる身。王女殿下が危ないというのならば、素直に従うまで」
この男、意外と臣下の才能はあるのかもしれない。
身の安全が第一とはいえ、上に仰いだ者の言葉を疑わないという能力を持っていそうだ。
意外な発見であった。
しかもついでにキッチリと、自分の派閥周りの貴族たちまで連れてきているのだから、決して能力が低いわけでもないのだろう。
不思議な話である。
「しかし、内乱とはどういうことでしょう? 状況はどこまではっきりとしているのです?」
「不明瞭なままです。まずは安全と戦力の確保をしています」
「安全、そうですな、安全が一番です」
こうして中身も何もないことを言っていても、難しい顔で髭をこすっていればそれなりの人物には見える。
周囲の貴族たちもそんなデモンズの反応に頷いて同意していた。
小一時間ほどその場で待機していると、数人の兵士を連れた男が、のっしのっしとやって来る。
肩に担いでいるのは幅広の剣。
連れているのはおそらく、偽兵士だろう。
男は一定の距離までくると、ピタリと足を止めてにやりと笑った。
「聞いたぜ、あんた【青天の隠者】だろ。王宮で散々大暴れしたんだってな。あんたに出くわせるなんて、運が良いぜ」
「なんじゃ、儂のファンか? 特別にそのでかい剣にサインしてやるから、家帰って飯食って糞して寝ろ」
ズラリ、と男が剣を抜いた。
幅の広さ、分厚さは、木こりが大木をなぎ倒す時に使う斧をも凌駕しているだろう。
「俺は冒険者の【飛剣】のシエスタ。よく分からねぇが、本物かどうか、まずは確かめさせてもらうぜ!」
シエスタは剣先を地面に突き刺してから、全身を使って剣を振り抜く。
「水、絶えることなき流れ。壁、飛来する礫弾を阻むもの」
相手の言葉に合わせて呪文を唱えたグレイが指先を地面から天へと上らせる。
すると、その動きに合わせて水の分厚いベールが持ち上がった。
人を守りながら戦うのは実に面倒くさいものなのだ。
グレイは目を細め、飛来物をじっと見つめ、耳を澄ませて音を聞く。
そうして飛来物が水に阻まれた瞬間、ゾプリと水のベールが縦に裂かれ、直後、グレイは体の正面で自らの拳をガツンと打ち合わせ、破裂させる。
「おお、やるねぇ!」
「技にちなんだ二つ名をわざわざ名乗り、分かりやすく攻撃してくるなど……、お主、さては儂を舐めておるな?」
【飛剣】。
剣を持って空を裂き、土くれと共に斬撃を飛ばしてきたのだ。
何もしなければグレイの体は真っ二つに裂かれていたことだろう。
一流の剣士の妙技である。
「年寄りは敬わねぇとなぁ?」
最初の『糞して寝ろ』に対する意趣返しなのだろう。
グレイは水のベールを乗り越えると、額に青筋を浮かべたままのしのしと歩き出した。
人のことは散々挑発するくせに、自分がされることは許せないらしい。
「青二才が、ひねりつぶしてやろう」
「精々腰を大事にするんだな、爺さん」
走りだしたグレイに向けて、シエスタは次々と剣を振る。
一振り一振りが、空気を無理やりに切り裂く妙な音を立てていた。
グレイは走りながら、次々と拳を振るう。
周りからすればグレイが何もないところを殴っては破裂させているようであるが、実際はきちんとすべての斬撃を叩き消しているのだ。
「おいおいおい、冗談きついぜ」
「なぁにこんなことで音を上げとるかぁ!」
斬撃を叩き落とす合間に、グレイはボッ、ボッと拳を二度振るう。
嫌な予感がしたシエスタは、その軌道上からさっと体をずらした。
直後、二人の偽兵士の体が吹き飛ぶ。
「……嘘だろ」
シエスタは思わず引きつった笑みを浮かべる。
【飛剣】。
剣技を極めた者としてアハーバ王国で知られたシエスタにつけられた二つ名だ。
戦いの技術は様々あれど、斬撃を飛ばす方向で技術を極めた剣士は、アハーバ王国でもシエスタだけである。
目の前の老人はそれを拳でやってみせた。
「【飛剣】だぁ? それならば儂も【飛拳】とでも名乗るかのう!」
シエスタとグレイの間にある距離は、着々と縮まってきていた。