シエスタの二つ名は【飛剣】であるが、それは斬撃を飛ばすという妙技をもじってつけられただけであって、決して接近戦が苦手なわけではない。斬撃を飛ばすほどの素早い剣捌きを持っているということなのだから、むしろ本領は接近戦だ。
「ほぅれ!」
グレイがまだ剣も届かぬ距離で拳を振るう。
先ほどの攻撃を見ているシエスタとしては、当然回避行動をとるしかなかった。
グレイは見えない斬撃を殴りつぶして見せたが、シエスタは見えない拳を相手にするのは初めてだ。
斬り落とせるものなのかどうかが分からない。
グレイはぴたりとその場に止まり、拳を放ち続けたかと思うと、時折腕を大きく振るって魔法で出現させた礫を投げてみたり、妙にカーブする魔法を放ったりしてくる。
「ほほっ、避けるばかりか!? ほっほっほっほ」
リズムに合わせて拳が放たれ、リズムを外して魔法と礫が飛んでくる。
いくつかの魔法と礫が体をかすり、じわじわとダメージを受け始めた時にシエスタはあることに気が付いてぎりっと奥歯を鳴らした。
そしてグレイが拳をぶんぶんと振るう中、真っすぐにグレイに向けて駆け出す。
「ふざけやがって!」
「ほっ、ようやく気付いたか、間抜けが」
グレイはずっと拳を突き出していたが、実は最初の攻撃以降は、ダメージが発生するような、言うなれば【飛拳】は、一度も使っていなかったのだ。シエスタは延々と、ありもしない攻撃を必死によけながら、礫と魔法を食らっていたことになる。
「おかしいと思ったのだ! そう簡単に拳など実体として飛ばせるものか! 最初のも魔法かなにかだな!?」
「そりゃあそうじゃろ、ばぁかめ。格上との戦いの経験が足りんのじゃ、ほぅれ」
グレイがからかうようにして、シエスタに向けて拳を鋭く突き出す。
腰は捻られ、足はどんとその場に固定した、砲台を意識させるような一撃だった。
頭に血が上っているシエスタは、怒りに声を上げる。
「馬鹿にっ」
言えたのはそこまでであった。
シエスタの顔面がつぶれ、ぺきっと乾いた音がして首がのけぞり、そのままスコンとひっくり返り、首が曲がった頭頂部が地面にたたきつけられ、ピクリとも動かなくなった。
「じゃが、できんとも言うとらん」
シエスタの背後にいた兵士たちは、シエスタが躱した魔法や礫によって既に全滅。
死屍累々。
その場にグレイと戦える者は、もはや誰も残っていなかった。
「さぁて、もうそろそろ刻限かのう」
クルムたちを守っていた水のベールが下りる。
ケルン含め、その場にいたほぼ皆がつばを飲み、黙り込む中、普通に返事をしたのはクルムだった。
「もう少しですね。……【飛剣】のシエスタ。有名な冒険者ならば、ウィクト殿がご存じかもしれません。その剣も、証拠品としていただいていきましょうか」
「うむ、なかなかの業物のようじゃからな」
遺体から武器をはぎ取るなど、まるで賊のようであるが、積極的にそれを行っているのが王女であるクルムであるところがたちが悪い。本人は暴力にも殺し合いにも慣れているわけではないが、これだけ見ると、グレイの同類に見えるから不思議だ。
そして静まり返る中、「流石……、師匠……」と、グロウバウゼンは静かに感動していた。
残りの貴族たちを待つことしばらく。
やって来た者は目の前の惨状を見てひどく驚いたが、逆にそれで今の王宮に起こっていることに関して確信を持ったようで、それぞれひそひそとこれからどうするべきかと相談しているようだった。
ベゼルフッド辺境伯までやってきて、刻限がやってきたところで、クルムは声を上げる。
「出発します。まだいらしていない方もいるようですが……、あまり悠長にもしていられませんので」
「も、もうしばらく待ちませぬか?」
おそらくまだやってきていない貴族と親しくしている者が、そろりと声を上げる。
すでに歩き始めていたクルムは、振り返って流し目でその貴族を見て言った。
「待ちません。時は悠長に過ごしている者に味方しません。ただ、目的地は告げてありますので、遅れてやってきた場合は受け入れましょう」
十分な時間を与えたにもかかわらず間に合わないような者は、これからも必ず似たようなことを繰り返す。その度にその者に時間を割いていれば、いつかとんでもない割を食うことになるかもしれない。
これから何が起こるかわからない以上、そんな輩を悠長に待つという選択肢はクルムにはない。
声を上げた貴族も、クルムの毅然とした態度に、それ以上反論はないようだった。
目の前に襲ってきた偽兵士と冒険者の死体を見ているのだ。
クルムの言う通り、余裕のある状況でないことは痛いほど理解している。
「行きましょう」
今度こそクルムの号令に、全員が黙って従う。
北東、南西の貴族家、総勢数百人が、ぞろぞろと列になって細い道を進んでいく。
どこかで待ち構えられてはことだが、先ほどの襲撃を見る限り、相手方もまだ街のほうにはあまり手を伸ばせていない。
逆に言えば、街に手を伸ばす余裕が出てくるということは、敵方の王宮の制圧がほぼ完了したということでもあった。