転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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42話 ちりつも

「しかしあの男、やたらと丈夫だったのう。普通に鍛えていてもああはならんと思うんじゃが」

「そうですね……、私も油断をしました。グレイ先生には及ばなかったようですが、あの怪力も油断ならぬものかと」

 

 ウェスカの足は、地面につくだけでも脳天まで痺れるような痛みが走る。

 それなりの手練れであるつもりであったが、今日の出来事を思うとすっかり自信を喪失しそうだ。

 

「お主にはお主にしかこなせぬ役割があるのじゃ。程々に自愛すべきじゃな」

「は、ありがたい言葉です」

 

 ウェスカがじーんと感動し、クルムがジトッとした半目でグレイを見つめる。

 どうして自分にはあんな反応をするのに、ウェスカにはいい人ぶるのかという非難の視線である。

 単純にクルム陣営はウェスカが勤勉でなければまともに回らないのだから、大事にされて当然なのであるが。その辺りのことはクルムも一応理解しつつ、猫かぶりを見るとついそんな目になってしまう。

 クルムもグレイ以外といる時は大概猫かぶりなのでお互い様だ。

 

「まぁ、瓢箪から駒で、使い捨……、便利そうな仲間もできたことじゃし。これからはこのビアットとやらを上手く使うと良い」

「はは、御冗談を」

「ほっほ」

 

 使い捨て、と言いかけて便利と言い直したが、さほどイメージには変わりない。

 容赦なく胃の内容物を全部吐き出させられた経験のあるビアットは、敏感に冗談ではないことを悟っていたけれど、直属の上司になりそうな人が笑っているので突っ込みも入れられない。

 ビアットにできることは、この人のよさそうなウェスカという男がうまく壁になってくれることを祈ることくらいであった。

 

「ところでビアットよ」

「は、はい!」

 

 急に話を振られてビアットは背筋を伸ばす。

 この恐ろしい老人に比べれば、兵士の時分にいつも怒鳴り散らしてきた鬼教官なんて全然かわいい方だ。

 どうして自分はあんなホワイトな職場をやめてしまったのだろうと、後悔するばかりである。

 

「逃げて行ったのは床でヘロヘロになっていた者のうちの一人じゃな?」

「あ、はい、多分そうです」

「ふぅむ……」

 

 おもむろに立ち上がったグレイは、床に張り付いていた男に歩み寄っていく。

 そうして男が立ち上がった瞬間に、その頬を張り倒して再び床と仲良くさせた。

 

「立ち直れんように叩きのめしたつもりだったんじゃがなぁ……。薬は時に体に妙な効果を及ぼすものもある。その類の何かであるかもしれんのう……」

 

 グレイはぼそりと呟きながら冷や汗を流しているもう一人の男の頭を、スコンと蹴り飛ばして床を滑らせる。

 それから思い出したようにその辺にぶら下がっていたずだ袋を拾い、先ほど破壊した金庫から金をわしづかみにして詰め込み始めた。敵を倒したら経験値とお金が手に入るのは、戦いの基本であるからして、グレイはこの行為に対して何の抵抗も良心の呵責もない。

 

 ある程度詰め終えて、きゅっと口をひもで縛ったところで、タイミングよくどかどかと騎士と兵士がやってくる。

 思ったよりもずいぶんと早い到着であった。

 別に悪いことをしているわけではないが、間に合ったのは幸いである。

 

 見たことがあるような顔は一つもないので、グレイはすました表情でフードを目深に被りソファの方へと戻る。

 

 グレイが近づくにつれて、騎士たちには微妙な緊張感が走るが、そんなことは知ったことではない。

 説明をするのはグレイの仕事ではなかった。

 

 騎士はグレイのことを警戒しつつ、何やらそわそわとした様子のクルムの方を向く。騎士たちが乗り込んでくるより少し前から、クルムは立ち上がってそれらしい演技を始めたのだ。

 女優である。

 流石に騎士をしているだけあって王女の顔くらいは知っているようで、なぜこんなところにいるのか不思議そうにしていた。

 

「私の部下であるウェスカに乱暴を働き攫った一味を殲滅しました。悪事を働いている様子がありましたので、これ以降のことは騎士団にお任せいたします」

「……承りました。良ければ帰りの護衛を」

「ありがたい申し出ではありますが大丈夫です。それよりもここに私がいたことは内密にしていただくことはできませんか?」

 

 完全に猫かぶりモードに入ったクルムが可愛らしくお願いすると、騎士は凛々しい表情になってゆっくりと首を横に振る。

 

「上には報告の義務があります」

「それはもちろんです。そうではなく……、万が一ここの方々の仲間に顔を知られては、街を歩くときに不安ですので。できるだけ外には口外しないでいただきたいのです」

「捜査をするものとして、それは当然のことです」

 

 自尊心が刺激されたのか、眉の太いその男は胸元に手を当てて堂々と答える。

 

「ありがとうございます。責任者のあなたは……確かダリオン殿でしたね。どうぞよろしくお願いいたします。では、私たちは帰りますので、あとはよろしくお願いいたします」

 

 騎士のいち部隊長であるダリオンは、クルムに名前を知られていたことに驚きつつ、喜びを隠すためにわざわざ厳めしい顔を作ってみせる。

 

「任せてください」

 

 街を歩いてしばらくして、グレイがぽつりと言った。

 

「演技派じゃな」

「……やらないよりはましかと」

 

 所詮は弱小勢力。

 何をやったかなんて本気で調べられれば情報は筒抜けになってしまう。

 だが、騎士という一つの勢力を間に挟めば、それはハップスを巻き込むことになる。ある意味甘えのような行為だが、おそらくハップスは許容するだろうし、これに付け込んで妙なことをするタイプでもないだろう。

 あれだけ自尊心をくすぐってやれば、ダリオンと言う男とその配下たちの口も多少は堅くなるはずだ。

 

 これもクルムが王を目指すために必要な、日々の積み重ねのうちの一つであった。

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