森を抜けると小高い丘がいくつかある。
所属不明の軍が布陣しているのは、その中でも王都側から進むと特に目立つ場所であった。しかも三つほどの軍がそれぞれの丘に分かれて布陣しているらしい。
わざわざ見に来てくれと言わんばかりの、まったく隠す気のない陣の敷き方だ。
騎士団としては手前の丘の上に布陣をするという手もあったのだが、そうなると真正面から睨み合うほかない。
敵方はどう少なく見積もっても千はいる。
数の不利を個人の武力である程度覆せる世界ではあるが、それでも犠牲者は確実に出る人数差だ。
ホワイトは、相手が悠長に布陣してくれているからと、まずは偵察を出している所だった。万が一その間に動き出した場合には、森から王都に繋がる隘路で襲撃をする予定で、ここに待機していたというわけである。
「その様子だと王宮が制圧されたことを知らないな」
「なんだと?」
「正面から堂々と打ち破られた。敵の規模は不明だが、見てきただけで数百はいた。ただし、うちの兵士と同じような装備を使って偽装していた。敵方に、アハーバ王国出身の冒険者が紛れている。セルルト兄上や王族の命が狙われた。陛下の状況は分からず、ヘグニ兄上はジグラ兄上と話し合いに行くと言ったきりだ。後ろについてきているのは、クルムが中心となって王都から連れ出して来た者たちだ」
「あの軍が動かないのも、王宮制圧の報を待っている、ということか」
ホワイトは山の上の軍を睨みつけてから話に戻る。
「ここへ来た理由は?」
「集められる味方は集めきった。あとはホワイトが率いている騎士団と合流がしたかった。既に戦いが始まっているようならば加勢するつもりだった。……セルルト兄上によれば、敵側にオブラ侯爵家がついている可能性もあると」
話している途中に息も絶え絶えのセルルトが追い付いてきて、ハップスが思い出したように付け加えた。
「内乱か。想定の敵は?」
そこでホワイトが話を振ったのは、それまで話していたハップスでも、息を切らしたセルルトでもなく、目を細めてじっと丘の上の軍を睨みつけ、グレイとひそひそと話をしていたクルムに対してであった。
「…………おそらく、オブラ侯爵家を含む南西領主軍と、ジグラ兄上を支援する、アハーバ王国が密かに王都に浸透させた兵士と、雇った冒険者、あるいはならず者、かと」
クルムがグレイに確認していたのは、山上に布陣する軍の鎧や、槍の形だ。
魔法によって遠くを見ることができるグレイならば、この位置からでもある程度の形は分かる。
その形が、西方の軍の特徴……、どことは言わず、様々な家の特徴に、類似した点があることから出した結論だった。一番最悪の想定だ。
「団長!」
そこへ偵察に出していた軽装の騎士が戻って来る。
「どうだ」
「おそらく、装備からして、国内西方の領主軍かと……!」
「そうか、よくやった。下がって装備を整えろ」
ホワイトはヘルムを外すと、じっとりと汗ばんだ顔を見せて、クルムに尋ねる。
「どうするつもりだろうか」
「団長だったらどうされます?」
ホワイトは、この場で最も多くの人を動かせるのがクルムであると分かっている。
そしてこの少女が、そのなりに見合わずに策士であり、豪胆であることもよく知っている。
「即座に切り返して、閉門。王宮を取り返す」
「目的は王都を守ることですか?」
「そうだ」
「王宮を取り返すことはできると思います。しかし、最終的には王都全体を使った戦いになるかと。敵を外からこれ以上入れぬよう、四方の門を守りつつ、王都の各地に散らばった敵勢力をせん滅することは難しくありませんか?」
「難しいだろうな。犠牲が出る。だが、俺の仕事は王都を守ることだ。まず王宮を取り戻し、ハルシ王国の意思を統一して、敵に挑まねばならん」
「時間がかかるでしょうね。そして、その間にアハーバ王国が南東から侵攻してきます。王国南東の盾である、ベゼルフッド辺境伯は、今私たちと一緒にいますから。どんなに南東貴族とその領軍が勇猛であっても、指揮官が不在でどこまで耐えうるでしょうか」
「否定ばかりするのならば王女の意見を聞かせてもらいたい」
ホワイトがじろりとクルムを見下ろす。
「申し訳ございません。否定ばかりしているわけではなく、ホワイト団長の意見を参考に、その結果がどうなるかを仮定しつつ考えています。ご不快でしょうけれど、もう少しお付き合いください」
「では先に丘の上の軍を撃破するというのはどうだ」
ホワイトはクルムの考え方を受け入れ、それが良策ではないと思いながらも提案する。
「……人数的に不利ですね。位置も。相手はあの位置を守って、王都からの挟撃を待てばいい」
「だろうな。王女は王都の民に慕われているだろう。民に協力を仰ぐのはどうだ」
「それこそ、酷い数の犠牲が出て、混乱が起こるでしょうね。セルルトお兄様、オブラ侯爵の所在は?」
「……先月半ばに一度領地へ戻っている」
「つまり、オブラ侯爵は南西領主軍と、その補助のために臨時で雇われた兵士も合わせて最大六万程度を、自由に動かせることになります」
もちろんこれは南西方向の領主が全てオブラ侯爵家に従う前提であるが、そんな準備もせずに仕掛けてきていると、甘く考えることはできない。
「王都の制圧が遅れるほど、王都外の勢力は膨れ上がりますね」
「撤退か」
「……それしかないかと」
「王都を放棄して、か」
「はい」
拳を握り奥歯をぎりぎりと噛みしめたホワイトは、全ての感情と言葉を飲み込んだ。そうせざるを得ないだろうことに、納得してしまったからだ。
「…………計画を立てる。どうせ敵方には、私たちがここにいることはばれている。近くの丘の上に布陣する間に、主だった人物を集めてほしい」
「わかりました」
ホワイトに頼まれたクルムは、すぐさま主要人物を前方へと呼び出し、また移動を開始するのであった。