丘を登りながらグレイが、クルムに問いかける。
「お主らが王都の外に退避している間に、儂が全てぶち殺すって手もあると思うがのう」
「実際可能なのですか?」
「やってみないと分からん。不可能とは言い切らんな」
頼めばもしかしたら挑戦してくれるのかもしれないけれど、クルムはそんな気にはなれなかった。
「これは考えすぎかもしれませんが、もしかすると……。オブラ侯爵家は先生のことをずっと警戒していたんじゃないかと思うんですよ」
「流石にしつこ過ぎやせんか?」
「先生の昔話をつなぎ合わせたところによれば、先生が大暴れして一番恩恵を受けたのはオブラ侯爵家です。だからこそ、最も警戒をしていたという可能性は……、無くはないかと」
グレイが敵討ちのために様々な強者を屠ったあの王位継承争いでは、最有力候補の王子がグレイによって殺され、その上で、力を温存していたオブラ侯爵家が推す王子が王位を継承することになった。
過去にも、オブラ侯爵家がグレイの行動を上手く操っていたのだとすれば、グレイを強く警戒するのは当然のことである。
「儂が表舞台に出てきたから、こんな強硬策に出たと?」
「はい。でも、遅かれ早かれ王家に背く準備はしていたのでしょうね。だから、先生のせいというよりは、先生の存在によってその計画が、完璧でないまま実行された、という見方をしています」
グレイはじろりとクルムを見下ろす。
「それは儂が気に病まぬようにという慰めか?」
「いえ、先生はまるで気にしてないと思っているので、ただの推測です」
クルムは遠くにいる敵軍勢を見つめながら答えた。
「かわいくない小娘じゃのう」
「かわいいをお望みでしたら、ファンファお姉様がお勧めですよ」
「ありゃあやかましいと言うんじゃ」
一度黙り込んだ二人であったが、ややあってから再びクルムが口を開く。
「先生は王都を取り返してくれと頼めば、やって下さるのかもしれませんね」
「気が向けばのう」
「それで、関係ない人も巻き込んでたくさん殺すことになって、結局罪をかぶって私の前から姿を消すのでしょうね」
「儂がそんな気を遣うわけなかろう」
グレイは即座にクルムの想定を否定したが、その言葉はどこかから回っているようであった。
グレイ自身、クルムの言葉を内心で否定しきれなかったのだろう。
「気を遣う? ……違いますね。先生はすぐに面倒くさいことを放りだすだけです。自分を犠牲にすることを言い訳に、向き合うべきことから逃げてるんですよ。強いからそれができてしまう。私は逃がしません。この戦いで勝ったうえで、失うものは最小限に抑えます。私はこの国の王になるんです。そうしたら、先生にはまだまだやってもらわなければならないことがあります。向こう二十年は働いてもらうつもりで計画を立てているので、今回は逃げる隙なんてあげません。私をあまり舐めないでください」
クルムは正面を向いたまま長々と語る。
グレイの顔を見ないのは、見なくたってその反応が想像できるからだ。
「……強欲糞小娘じゃなぁ。実に王に向いておる」
グレイはずっと不愉快そうに話を聞いていたくせに、言葉を吐き出す時に、僅かに口角を上げていた。分かったようなことを偉そうにと思う反面、どこかすとんと納得するものがあった。
クルムがぎらぎらと目を輝かせながら語っている姿を想像して、ふんと鼻を鳴らして笑う。
「嫌いじゃないでしょう?」
想像通り目を輝かせながら、クルムが悪い顔で笑って振り返った。
「腹立たしいが、面白くはある」
グレイも悪い顔で笑って答える。
「素直じゃないですね、先生は」
「儂ほど自分の感情に素直な者はおらんが」
「ある意味そうですが」
会話を終えた頃、二人は丘の頂上へたどり着く。
騎士たちが誘導して、一般人たちや貧民街の住人たちを、いかにも兵士っぽく陣形を組ませていく。
よく見れば武装していないことはまるわかりだが、人数だけはいると一瞬でも警戒させて、話し合いの時間だけでも誤魔化せればそれで十分だ。森の中で待機しなかった理由は、王都から後詰が来た場合に不利な場所で挟撃をされるからである。
さて、少しばかり待つと、話し合いに参加すべき人物が皆頂上に辿り着いた。
セルルト、クルムをはじめとする王子王女。
騎士団の団長、副団長。
〈要塞軍〉の大将ラウンド。
冒険者のメナスに、貧民街四天王。
デモンズ伯爵を中心とした北西方面貴族一派と、ベゼルフッド辺境伯をはじめとした南東方面貴族一派。
若いモーリス=バッハ侯爵をはじめとする王都貴族一派。
パクスの代理である息子ヒューレ。
そしてグレイだ。
「今後の予定を定めます。時間もありませんので、私の考えを述べます。異論ある場合には挙手して反対意見を述べてください」
クルムはそうそうたる面子に臆することなく、それぞれの顔を見ながら、はっきりとそう言って話を始めるのであった。