「今の時点で、主な敵をアハーバ王国及び、オブラ侯爵家率いる南西貴族派閥と定めます。この場は一時撤退。軍備を整えてから王都の外で戦うことで、王都の民を戦に巻き込むことをできる限り避けます」
「王都を、一時的とはいえ敵の手に渡すということですか……?」
震える手を上げて意見を述べたのは、王都貴族の内の一人だった。
生まれてこの方、王都からほとんど出たことのないような、生粋の王都民である。
同じく不安そうな表情をしているのは、王宮からついてきた使用人たちだ。
「渡します」
「で、ではどちらに撤退するのでしょうか!?」
貴族を中心に広がっていく動揺を見て、クルムは目を細めて一言静かに述べた。
「それを今から話そうとしています」
ぴたりと動揺がやんだ。
というよりも、静かにせざるを得なかったのだ。
年上の王族であるセルルトがいて、騎士団長のホワイトがいて、辺境伯がいるこの場で、話のイニシアチブを握っているのはどう見ても年若いクルムだ。
それがすなわち、クルムの権力を示すことを、愚かではいられない貴族や王宮に仕える者たちは知っている。
「冷静に考えて、今の戦力で、王宮を占拠している者たちと、目の前の軍勢を相手にするべきではありません。よほどの愚か者でない限り、敵もこの場で雌雄を決するつもりで準備をしてきているはずです。つまり、こちらの戦力はある程度把握したうえで、それを上回るものを準備している、ということになります。だからこそ一度この場を離れます。それも、できるだけ早く。今の時点で、私たちの行動は敵の想定内にあると考えています。ここにとどまれば王都から、準備を整えた者たちが出陣してきて、あちらに布陣するオブラ侯爵家率いる軍勢と挟撃されることでしょう」
「逆に王都から出てくる軍勢を待ち構えて撃破し、王都内を占拠するというのはどうであろうか?」
ベゼルフッド辺境伯からの意見だ。
普段からアハーバ王国としのぎを削っているため、視点は悪くない。
「問題点は二つ。一つは、王都から出てくる軍勢を突破するまでに、おそらく一度は挟撃を受けるということ。その間に、兵士以外の者たちの多くが命を落とすでしょう。そして二つ目に、そうして王都を占拠したところで、王都内にはおそらくまだまだたくさんの敵が残っています。それらを片付けている間、閣下や地方領主たちの土地は脅かされ続けます。それならばいっそまとまって領地に戻り、しっかりと軍を編成して戻るべきかと」
「理解した、私は王女殿下の意見に賛同する」
ベゼルフッドはあっさりと同意を示す。
もしかするとこれは彼にとって既定の路線であり、質問をしたのも、飽くまで他の者にごちゃごちゃと言われる前に自分がということだったのかもしれない。
頼りになる人物である。
「話を続けます。私はこのまま北西方面の〈要塞軍〉を頼るつもりでいます。できるだけ大勢を引き連れて派手に逃走するつもりです。その間に、ベゼルフッド閣下率いる南東方面の方々には、密かに自領へと向かっていただきたいのです。そしてこちらを、ホワイト団長率いる騎士団に護衛していただきたく考えております」
「それは頼りになる」
ベゼルフッドが合の手を入れると、今度はホワイトが手を上げる。
「ジグはどちらに」
「……ルミネお姉様とハップスお兄様には、そちらに同行していただこうかと思っております。敵がジグラお兄様を使って正統性を主張するのに、私たちも対抗する必要があります。お二人にはその役割を担っていただきたく」
「もちろん構わないわ」
「わかった」
二人が了承したところで、クルムは更に話を続ける。
「アハーバ王国と王都に挟まれる形になりますので、南東の皆様には負担をかけるかと思いますが、どうか、準備ができるまで耐えていただきたく存じます。アハーバ王国の派兵を止められるかどうかで、この戦いの趨勢が決まります。北西からは早い段階で、形だけでも軍を出して、南西部の後背を脅かします。それで敵軍が動揺してくれれば儲けものです。その間に、王国北東部へこの内乱に正統性がないことを説き、味方とします。機が整った段階で、北東部貴族には北西部貴族に合力していただき、王都へ。北西部の軍も、同様に王都へ向かい合流。敵の動きに合わせて戦場を決めることになります」
「実際はこの通りに行くとは限りませんが、今の時点で見えるものから立てた計画としてはこの上ないでしょう」
バミが静かに述べれば、それ以上の反対意見は出てこない。
「よろしいですか?」
クルムはぐるりとその場にいる者を見回してから、もう一度口を開く。
「では、すぐに行動に移しましょう。南東方面の皆様が出発してから、少し時間を置いて、私たちも北西方面への移動を開始します。時間がありません。迅速な行動をお願いいたします。指揮はホワイト団長とベゼルフッド閣下にお願いいたします」
それぞれが動き出したのを見送ってから、クルムは王都のほうを睨みつける。
今気を付けるべくは、丘の上に陣取っている軍勢ではなく王都から出てくるかもしれない軍勢の方だ。
そちらが出てこない限りは、丘の上の軍も動かない。
時は刻一刻と過ぎていく。
クルムが何度も念押ししたように、今はまさに時間との勝負であった。