そもそも、エルフというのは魔法を得意とする種族である。
グレイが超級の魔法拳士であるのならば、メナスは特級の魔法剣士だ。
踏み込みに、突きに、払いに、振り下ろしに、全て魔法的な意味を込めた動きをすることができる。それは時に自らを強化し、時に威力を上昇させ、時に攻撃に副次効果をもたらすものだ。
今回メナスがやっていることは、一流の剣技と一流の魔法をかけ合わせた攻撃だ。
効果自体は非常にわかりやすい。
すなわち、斬撃をその場に留めることである。
先ほどグレイが戦った冒険者は【飛剣】を得意としていた。
グレイがそれを簡単に察することができた理由は、身近にそれをできる者がいたからだ。そしてその人物は、あの男のようにその技術を誇り、自らの二つ名にするような愚かなことをしなかった。
【清凛】メナス。
その二つ名から読み取れる情報はほぼ何もない。
あるとすればただ、メナスが人物として優れているという保証くらいなものだろう。
そもそも斬撃を飛ばすというのは、不意打ちで初めて効果を発揮するものだ。
わざわざ知らせて使うくらいならば、直接斬りつけたほうが、余計な時間差を生まなくてよい。
通常の戦闘の中に組み込んでこそ意味がある。
大仰な動作は効果を半減させるだけだ。
その点メナスは、飛剣を実に強かに使う剣士でもあった。
一斉に矢が放たれる。
弧を描いて見る間に迫りくる数百の矢に向けて、メナスがステップを踏むようにして一瞬飛びのき、地面を均すように踏み込み、細剣を突き出した。
斬撃が一斉に放たれる。
斬撃は広がり、七割方の矢を見事に空中で撃ち落とした。
うち漏らした矢は、明後日の方向に飛んでいったものだけで、それらは広く展開したグレイの水流の壁に阻まれて地面に落ちる。
グレイの水流の壁は、それが分かっていたかのように、正面には張られず、左右にだけ広く展開されていた。
「ふぅ」
メナスは息を吐いて剣を鞘に収めた。
先頭はすでに森の道へと入り込んでいる。
ほどなくして、一行に矢を射かけることは難しくなるはずだ。
矢も無限ではない。
相手もこうして効かないと分かれば、無駄打ちせずに地上戦に切り替えるはずだ。
「さて、儂らも行くか」
グレイはメナスのことを一言も褒めずに、くるりと踵を返して歩きだす。
しかしメナスは「そうだな」と答えると、満足そうに笑ってその後に続いた。
グレイが中心部に魔法を展開させなかったという事実が、そのまま信頼の証であるからだ。
メナスにとってはそれが十分であった。
「……強いな。これほど強い者は、私たちの陣営にも数えるほどしかいなかった」
歩きながらセルルトが言った。
クルムは横目でセルルトを見ながら反応を返す。
「メナス様ほど強い方が、ヘグニお兄様の陣営にも?」
「私にははっきりとわからないが、先ほどと同じようなとんでもない技量を見たことが数度ある。……ヘグニ兄上の陣営というよりは、オブラ侯爵の陣営なのだろうけれどな」
「……強い人物には、強い人物をあてていきたいところです。無駄に犠牲を出したくありません」
通常の兵士にメナスのような強さを持った者の相手をさせては、人がいくらいたって足りない。
当て方によっては惨憺たる結果だけが残ることになる。
「私を戦場に連れていくのならば、見つけ次第伝えるようにする」
「……考えておきます」
クルムは、セルルトがどんな気持ちでそれを言っているのか想像する。
王家としての務めを果たそうとしているのか。
はたまた、兄であるヘグニの仇を討ちたいのか。
何かしらの策謀を巡らせているのか。
現状ではさっぱり情報が足りていなかった。
クルムたちが森へと入ったところで、やや先行していたラウンドが、道にへし折った木を積み上げて待っていた。
背後には敵兵が迫りつつあって、もうしばらく進むと追いつかれて、一度戦わねばならぬかもしれぬと覚悟していたところだった。
「道は塞いでおいたほうが良いだろう?」
「お主にしては準備の良い!」
「そうだろうそうだろう! わはは」
再び自然破壊と並行して道を雑に塞いでいく老人二人。
先ほど一度遠目から見て内容を聞いていたとはいえ、拳でもって生きている木を一撃でなぎ倒している様はすさまじく、グレイの行動に慣れていない貧民街の住人やセルルト本人を含む周囲の人物は開いた口がふさがらなくなっていた。
軍というのは、突出した個を含めることが難しいものだ。
ようやく森の入り口に差し掛かった王国南西貴族軍を率いている領主は、ぽかんと口を開けて立ち止まる。
山のように積み上げられた木々は、絶妙なバランスで組み合わさっており、どこかを触ればそのまま崩れて自分たちの方へ転がってきそうな恐ろしさがあった。
「……慎重に撤去せよ!」
王国南西貴族軍の元々の目的は、敵を挟み込むことだ。
異常な戦力を自分たちだけで相手することではない。
王都から出てきた者たちが足止めされ、挟撃できなくなった時点で、無理な追撃をするつもりはなかった。
それでも背中に追いつけば一当てしてやろう、くらいの気持ちで追いかけてきたが、目の前の無理やりへし折られた木々の山を見てその気持ちも完全に萎えてしまった。
敵を王都付近から追い払うという目的は達した。
何より、無茶をして大軍を失っても後々の評価に響くだけである。
王国南西貴族軍を率いる領主は、そう言い訳をしてそこから先の追撃を完全に諦めたのであった。