追っ手を気にしていた一行は、休まずに夜遅くまで歩き続けた。
幾度か先頭から殿の様子を確認するものがやってきて、話を聞いては戻っていく。
日が暮れて、月明かりだけでは足元もおぼつかなくなったところで、ようやく逃亡の足が止まる。
超人ともいえるグレイや冒険者たちは割と元気であるが、普段から鍛えていたクルムですら疲労の色は隠せていない。普段から王都で過ごしている者や、文官たちはもうくたくたで、一度座ってしまえば立ち上がることも難しいだろう。
そもそも旅というのは準備をせずにするものではない。
戦いになるかもと聞いて屋敷から出てきた貴族たちや、家が近くにあった貧民街の住人は、最低限の水と食料くらい準備してきているが、王宮から逃げてきた者たちはそれすら持っていなかった。
旅をするための主要道の多くは、川に沿って作られているので、水を確保するくらいのことはできるだろうが、エネルギー補給のためには、立ち寄った村に協力を仰ぐしかないだろう。
もしそこの領主が敵対している派閥であったとすれば、戦闘になる可能性もある。
デモンズは今頃頭を悩ませていることだろう。
皆が足を止めて休む中、クルムはラウンドやメナスに声をかけてから、グレイを連れて先頭へと向かう。
クルムが歩きだすと、ぐったりとしていたはずのセルルトも立ち上がってついてきた。護衛には「休んでいろ」と告げ、ふらふらと歩いて、横に並ぶ。
「お兄様も休んでください」
「いや、ついていく」
クルムとグレイはちらりと視線を交わし、同時に小さくため息を吐いた。
そのまま暫く休んでいる人々の様子を見ながら進み、十分に距離が離れたところで、クルムはセルルトに再び話しかける。
「……何か、私に大事な話でもあるのですか?」
背後や周囲をさっと見回すセルルトに、グレイが一言告げる。
「誰もついて来ておらんし、聞き耳も立てておらん」
「…………そうか。クルム、私の護衛は全員信用するな」
「一度殺されかけましたものね」
当然クルムは信用なんてこれっぽっちもしていないけれど、改めてセルルトから言われたことは驚きだ。
「それでなくともだ。オブラ侯爵家の息がかかったものがあまりに多い。姿が見えなくなったら内通していると思ったほうが良い。作戦行動はばらすべきではない。場合によっては、〈リガルド〉についたら、私ごと隔離しても良い」
「……てっきりお兄様は、私と共に指揮を執りたいのかと思っていましたが」
今日の動きを見る限り、どうにかしてイニシアチブを取りに来ているとしか思えない行動が多かった。常に行動指針を決めるクルムの隣にいたり、戦力の把握をすると言ってグレイたちの力量を確認したりと、怪しいばかりだ。
「このぼろぼろの体でか? 生きているのもやっとの体で、何かを為せるなどとは思っていない。ただ、近くにいる者たちを油断させるために、適度に愚かに見えるよう動いていただけだ。私には護衛も、付き人もなくお前と話ができる、この時間が必要だった」
「何か大事な話でもありますか?」
「少し長くなる。このままデモンズ伯らと合流する前に時間が欲しい」
クルムは足を止めてセルルトを見上げる。
相変わらず体の線は細く、青白い肌をしており、酷く不健康そうだ。
きっと今も相当体の調子は悪いのだろう。
「……わかりました。先生、少し道を逸れましょう」
「まぁ、こ奴今にも死にそうじゃしのう。遺言を話す時間くらいは用意してやるか」
縁起でもないことを言いながら、ガサゴソと茂みをかき分けて森の中へと入っていくグレイ。
少し進んだところで、「ここらでいいだろう」とグレイが足を止めた。
全員で地面に座り込んだところで、セルルトがすぐに口を開く。
「まず初めに言っておくことがあるとすれば、王家は既にオブラ侯爵家に敗北しているということだ。本来王家と、それを後押しする貴族家の力関係は、七対三くらいに収まるものだが、それも今はもう逆転してしまっている。父上はオブラ侯爵家の専横を何とかするため、王位継承からしばらくの間策を弄した結果失敗し、今では一切逆らえないようになっている」
「陛下がオブラ侯爵家と争っていた時期があるのですか?」
「ある。……先代陛下にそれを共有していた結果、その先代こそがオブラ侯爵家の手先であったせいで、台無しになったそうだが」
「ああ、あの無能か」
先代の王と言えば、グレイが王位継承争いで暴れた時に決まった王である。
つまり、グレイが暴れた結果のおこぼれの王。
完全なるオブラ侯爵家の傀儡だ。
息子である当代の国王はそれを知らなかったのかもしれないけれど。
「私はオブラ侯爵家からの脅しとして、小さなころに殺されかけた。その時に、警備の兵も、宮中の使用人も、喉を通る食事でさえも信用ならないことが分かった。私は毒見役がいるはずの食事を食べ続けた結果、長い時間をかけて体に毒を蓄積させられた。ヘグニ兄上は……、白昼堂々警備のもとさらわれた。ヘグニ兄上を守ろうとした者は、ヘグニ兄上と同じ場所に閉じ込められ、酷く痛めつけられたのちに皆殺しにされていた。父上はその時、逆らうなという、言葉なき圧力に屈したのだと思う。そして、遊び惚けるようになった」
「……つまり、ヘグニお兄様の陣営は、実質オブラ侯爵家の陣営であった、ということですか」
「そうだ」
セルルトは深く頷いてから、さらに付け足す。
「毒に体を蝕まれた私は、とても第一子として王位継承争いに積極的に臨める体ではなくなった。だから、オブラ侯爵からの進言で、私とセルルトは名前を変えた。それ以降、弟のセルルトがヘグニを名乗り、私はセルルトと名乗ることになった。酷い屈辱だった。その頃のオブラ侯爵は既に、王の子の名前すらその一存で入れ替えるほどに、圧倒的な権力を持っていた」
「あ? なんだって?」
訳の分からないことを言われて、グレイがいかにも老人らしい反応をする。
王家に興味がなさすぎて適当に聞き流していたせいで、何を言っているか分からなくなったらしい。
「つまり、セルルトお兄様こそが、本来は第一子のヘグニお兄様であった、というわけですか」
「そうだ」
「何言ってんじゃお前ら」
真面目な王子と王女の会話に、真面目じゃないグレイがちゃちゃを入れつつも話は続く。