「そうだ。オブラ侯爵は、生意気で反抗的な私、ヘグニを毒で弱らせ……、いや、あれは死んでも良かったのだろうな。セルルトに酷い暴力に対する忌避感を植え付けた。そうして、第一子の座をセルルト、今のヘグニ兄上に。体の弱った私を、第二子として生かしてやった。大きくなって気が付いたことだが、父上はその条件を、私の命を守るために飲まされたのだと思う。オブラ侯爵は、自分たちにとって扱いやすい後継者を作り上げたわけだ」
オブラ侯爵家はその時点で、クルムの父であるハルシ王が不穏な行動を起こせば、いつだって本人でも息子でも殺すことができるという証拠を見せつけたわけだ。
今すぐ首を挿げ替えてもいい。
だがそれをするとオブラ侯爵家にとっても不安材料はあった。
その専横ぶりが周囲にばれて、地方貴族からの強い反感を買い、反乱を招くかもしれなかったからだ。
団結させないためには、ぎりぎりまで専横がばれないほうが良い。
力を蓄えつつも、外にそれがばれないように工作し続けてきたのだろう。
「私たち兄弟は幼い頃、父上とよく話をしていた。だがそれ以来、ほとんど会話をする機会はなくなった。周囲で仕えていた者たちも変わり、私たちは監視されるようになった。父上が、次々と女性を王宮に迎えるようになったと聞いたのもその頃だ」
「何もかんも嫌になって女に走ったか」
グレイが当然の推測を口にすると、セルルトはあっさりとそれに頷いた。
「そうなのかもしれないと、私たちも思った。だが、いつからかそうではないのかもしれないとも思い始めた。父上は、優秀な王族を増やそうとしていたのではないかと。自らが動けぬ代わりに、子供たちが動くことにかけたのではないかと」
「前向きに考えすぎじゃろ」
「そうだとすれば……、随分とお粗末なやり方です。それによって多くの人が不幸になりました」
クルムの母も、兄たちも。
そして王位継承争いの中で命を落としていった他の候補たちもだ。
「幾人かの王子の派閥に、オブラ侯爵家の息がかかっていたのだと思う。そういった者たちが、ライバルとなる王子や王女たちを蹴落とした。私たち自身も、優秀な他候補者に接触を図ったことが、これまでも幾度かあった。だが、どんなに慎重を期しても、私たちが直接接触した候補は命を落とすことになった。彼ら自身に、身を守る力がまだ足りなかったのだ」
「……結局、何もできなかった、と言う話ですね」
「そうだ。お前の言う通り、私は無力だった。この話は、お前がこれから何かをするにあたって、知っておけば何らかの指標になるかもしれないと思って話している。言い訳と思うのならば、そのつもりで聞いても構わない」
開き直った、というよりも、あくまで淡々とセルルトは語り続ける。
「そうこうしているうちに……、こんな状況になってしまった。ヘグニ兄上……、ややこしいから今後もこう呼ぶが、ヘグニ兄上も、私も、ほとんど諦めていたのだ。そしてヘグニ兄上は、これ以上弟や妹を失わなくて済むよう、お前やジグラの下へ、直接話をしに行ったのだと思う。今の段階で対立している勢力の首魁であるお前やジグラは、ヘグニ兄上が王位に就いた時点で、オブラ侯爵家から何らかの方法で殺されるであろうからな」
「聞くわけがないじゃないですか」
「……私もそう思った。だから行くなと言った。だが、ヘグニ兄上は僅かな可能性にかけたのだろう。……これは推測でしかないが……」
セルルトは目を伏せ、少し泳がせてから、ため息を吐いて言葉を吐き出す。
「ヘグニ兄上は、無勢で他勢力の下へ顔を出し、自分が拘束され、利用されることを狙っていたのかもしれない。あるいは、殺されることを。そうして、オブラ侯爵家とつながりのない候補が、王位に就く可能性にかけたのかもしれない」
「結果が、この様か」
グレイの容赦ないツッコミに、セルルトは悔しそうな表情を見せる。
「はっきり言ってジグラがオブラ侯爵家と手を組んでいることは計算外だった。アハーバ王国は敵だ。もしオブラ侯爵家がハルシ王国を乗っ取ったとすれば、最も警戒すべき敵であるはずなのだ。その二つが手を組んだことが、私は信じられない。だが、いざクルムと共に一日動いてみて気付いたことがある。もしやオブラ侯爵家は、そうせざるを得ないほどにクルムの勢力を……、いや、グレイ=フォン=アルムガルドを恐れていたのではないかと」
「ああ……、なるほど……。……私が思っている以上に、私の勢力がオブラ侯爵家に評価されていた、ということですね。ヘグニ兄上から、王位を奪い取るのではないかと思うほどに。そしてその理由は、私の働きというより、私の教育係になった先生だった、ということですか」
「弱虫共が勝手に恐れて暴走したと?」
相変わらず態度のでかい老人である。
しかし、グレイの言葉にセルルトはやっぱり頷いた。
「はい。王国の歴史に残されていない闇。王宮の殺戮事件。王子一人、貴族数人が命を落とし、国有数の達人たちが、アルムガルド家の殺し合いに巻き込まれて命を落とし、アルムガルド家はお取り潰し。王位継承者候補の多くが継承権を放棄した事件です」
「継承権を放棄? なぜじゃ」
「…………その事件では、グレイ=フォン=アルムガルドが、『卑怯な手を使った王族を皆殺しにする』と宣言した上で、その場にいた特に恨みの深い王子を殺し、実の兄を殺し、護衛を殺し、あるいは再起不能にし、血の繋がった父を殺して、いざ他の王族も殺そうとしたところを、バミ大臣に止められたから、と聞いています」
「言葉の綾じゃろ。国外追放された時にちゃんと、やっぱ殺さんでおいてやるって、誓書も書いたんじゃがな」
実際に殺しておいて言葉の綾もない。
発端は王位継承争いによる醜い騙し合い、殺し合いであったが、その後こうなった原因は、どうやらグレイにもあるようだ。
バタフライエフェクトと言えばそれまでであるが、この蝶が起こした風は、どうやらそよ風では済まなかったようであった。