「一つ確認をさせてください。私の兄や母を殺したのは、何者であるかご存じですか?」
「……お前の上の兄は……」
セルルトは少しだけ躊躇ってから答える。
「私の不用心な接触のせいで命を落としたのだと思う」
クルムは拳を握り、ぎりっと奥歯を噛み、ぞっとするほどの鋭い目でセルルトのことを睨み上げた。
そんなクルムが何かを言う前に、グレイがにやにやと笑いながら口を開く。
「おお、仇が見つかったではないか。ではこいつはここで殺すか。それで復讐は終わりじゃな」
クルムはそのグレイの言動が、いつもの試すような表情と、物言いであることに気がついてはっとする。思わず怒りのままに何かを口走りそうになっていたが、それをごくりと飲み込んでグレイのことをじろっと睨んだ。
グレイはきっと、ここでセルルトを殺してくれと言えば殺してくれるのだろう。
そうしてクルムにがっかりする。
いちいちそういう人を試すような行動をするから、友達が少ないのではないだろうかと思いつつ、クルムは深く息を吐いた。
「終わりなわけがないでしょう。セルルトお兄様は原因を作っただけ。それだけでも十分腹立たしいですが、実際に手を下したものは死んでいますし、そうさせたものはオブラ侯爵家ということなのでしょう? それで、母上はどうなのですか」
「……分からぬ。しかし、おそらくオブラ侯爵家が裏で糸を引いていたことには違いないだろう。あるいは、ジグラ辺りをそうと分からぬよう唆したのかもしれぬが。死因は、毒であろうな」
「なるほど、わかりました。……セルルトお兄様、八つ当たりに殴ってもいいですか?」
「は?」
「セルルトお兄様にも、私の母や兄が亡くなった遠因があると思うのです」
「いや、それはそうだが。殴る? お前が、私を?」
「はい、私がセルルトお兄様をです」
「八つ当たりでか?」
「はい。それでぎりぎり今のところ、一緒に行動することを許せるような気がします」
グレイのおかげで怒りが落ち着いた、訳ではない。
ただ、その解放の仕方についてきちんと考え直しただけだ。
クルムの目は本気で、その奥にはぎらぎらと怒りの炎が燃えている。
「……わかった」
セルルトは諦めたように答えて、ぐっと体に力を込めた。
「セルルトお兄様、違います。それではうまく届きません。屈んでください」
「……顔を殴るつもりか」
「はい、そうですけど」
当然のようにしれっと要求をしてきたクルムに、セルルトの表情は引きつる。
チラリと王家の娘たるクルムがこんな風になってしまった元凶であろう老人の方を見ると、そこにはとてもとても悪くて楽しそうな表情をした糞爺が立っていた。
「クルム、身体強化をかけてやろうか? ん?」
「いりません」
ニヤついたまま余計な提案までしてくれている。
これ以上妙なことになる前にとセルルトが屈んだ瞬間、強烈な一撃が飛んできて、セルルトは地面に倒れ込むことになった。
口の中に鉄の味が広がって、本当に遠慮なく殴られたことをセルルトは察した。
「悪い奴じゃなぁ、病人を殴り倒すなんて。とんでもない暴力王女じゃ、親の顔が見てみたい」
「これは親ではなく師匠譲りです。悪い顔をしている師匠ならば鏡を見れば映りますよ」
「他責は良くないのう」
「事実です」
そう言いながらセルルトに近寄るクルム。
追撃が来るのかと構えたセルルトであったが、差し出されたのはその小さな左手であった。
「これでいったんチャラにしてあげます。明日から、一番上の王子としてしっかり働いてください。その代わり私は、病弱なセルルトお兄様を、オブラ侯爵の手先かもしれない者たちから守ってあげますので」
「…………それは、ありがたいことだ」
この顔の怪我をどうそいつらに言い訳したらいいんだと考えながら、セルルトはクルムの手を掴み、立ち上がった。
三人は揃って茂みから出ると、この行列の先頭へ向かって再び歩き出す。
「……先生。人を殴ると自分の拳も結構痛むものなのですね」
「はじめのうちだけじゃ。木だとか岩だとか殴って鍛えれば、人の体なんぞ豆腐みたいなもんじゃ」
「豆腐って何ですか?」
「角に頭をぶつけると人が死ぬものじゃな」
「硬いじゃないですか」
「そう言われてみればそうじゃな」
まったく中身のない会話が繰り広げられる中、セルルトは静かにため息を吐く。
グレイ=フォン=アルムガルド。
王国歴史最悪の犯罪者にして、あまりに酷すぎるがゆえに、その歴史書に記録すらされなかった存在。
妹であるクルムは、それを師と仰いで楽しそうにおしゃべりを繰り広げている。
いったいどこから拾ってきたのか。
あるいは、このグレイこそ、妹の本当の黒幕なのではないかと、セルルトは未だに疑っていた。そして、自分がそう疑っているのだから、オブラ侯爵はそれ以上にグレイのことを警戒しているに決まっている。
王国のここ六十年ほどは、このグレイという男一人に振り回され続けてきた。
セルルトは思う。
その隙間を縫うようにして繁栄を築いたオブラ侯爵家の息の根を止めるのも、また、この男なのかもしれないと。