三人は一行の先頭に辿り着くと、変わったことがなかったかを確認。
今のところ特に問題はないようだが、これからどうなるかはまだわからない。
王都周りには小規模な領主が多く、ここを管理している者の多くは代官だ。
王都で役職を持っているような貴族たちが与えられた土地であり、治安を維持する程度の領兵しかいない。その代わり、いざという時には王都から騎士や兵士が派遣されてくることになっているので、地方領主よりは権限が少ない。
今連れている貴族たちの領地をいくつか経由して北上していくことになるので、やや道程は複雑だ。
ただし物資は確保できるし、襲われる心配も少なくなる。
その時、もし自領に残りたがる者がいれば、クルムは止めるつもりはない。
むしろ、維持ができるのならば残って欲しいくらいだ。
ただ、王都は占領されているので、いつ攻められてもおかしくない。
オブラ侯爵が、ジグラが、アハーバ王国が、どのような方針を取るのかは、クルムをしても未だ謎だ。
圧倒的に情報が足りていない。
それを十分に伝えた上で、どうするかは、それぞれに決めてもらうつもりだ。
翌日以降の進路を決めた上で、クルムはスペルティアのところへ顔を出す。
「スペルティア様、セルルトお兄様の頬の怪我を治していただけますか?」
「ふむ、後払い?」
「後払いです」
「仕方ない。なにで怪我をした」
流石のスペルティアもこんな場所では金を請求しない。
なぜなら荷物になるからである。
それならば腰を落ち着けたところで、延滞金込みで徴収したほうが良い。
「こいつに殴られました」
「よくやった」
「いえいえ」
スペルティアがクルムを褒めると、クルムもまんざらではなさそうに謙遜する。
狂ったやり取りを見たセルルトは、信じられないといった表情でグレイのことをじろりと見た。
「こ奴は異常者じゃから、いちいち腹を立てても仕方がないぞ」
そこで親切なグレイはスペルティアを指さして、セルルトにそんな忠告をしてやる。
「グレイはおかしいから、私様の正しい判断が理解できない」
「ほらな、おかしいじゃろ、こいつ」
両方おかしいと思ったセルルトは、どちらにも返事をせずに、ただ黙って治癒魔法を受けるのであった。
翌朝からの行軍では、襲撃を受けることはなかった。
モーリスが事前に配下の者を先行させて、行く先に危険がないかを確認しているため、何の準備もなく襲われる可能性は低い。
そのまま特に追っ手もないまま、丸一日が経過。
その日の夜は物資の補給も兼ねて、連れてきている貴族の領地にとどまることになった。
これ以上追っ手はないという前提で、三日目からは前方に移動。
代わりに後方の警戒をケルンに任せることにした。
加えて物資の補給に手間取ったことの反省を活かし、モーリスの手のものを先行させて、あらかじめ物資の準備をしてもらうことになった。
これで行軍速度も上がりそうである。
とはいえ、旅に慣れていない者もいれば、旅の準備ができていないのもあって、〈リガルド〉に到着するには半月以上かかることだろう。その間にも敵は着々と土台を固めているはずだ。
手遅れにならぬよう、できるだけ急がねばならない。
話し合いを続ける中、ずっと静かに話を聞いていたパクスの息子であるヒューレが、控えめに手を上げる。
「はい、何か意見があるのならばどうぞ」
「僕の浅慮であれば申し訳ないのですが……、クルム様とグレイ様、それからラウンド様に、馬を使って先行していただき、先にリガルドで準備を始めたほうが良いのではないでしょうか? 追っ手や、敵対派閥による妨害の危険がないわけではありませんが、そろそろその可能性も低くなってきたと思われますし……」
クルムが、セルルトが、バミが、そしてグレイまで、一瞬固まってじっとヒューレを見る。
「あの、何か妙なことを言ってしまったでしょうか?」
「……いえ、皆を無事に届けることばかりを考えていました。そんな単純なことが思いつかないなんて……私は自分で思っている以上に、焦っていたのかもしれません。ありがとうございます、ヒューレ」
「いえ、お役に立てたならば何よりです」
皆状況に追われて柔軟な発想ができなくなっていたのだ。
一方でヒューレは、はっきり言って国がどうなろうと、それほど生活には影響がない。父であるパクスが死ぬとも思わないし、どこからでもやり直せるだけの人物であると信じている。
何かクルムの役に立てそうなことがないかと、冷静に状況を見守っていた。
「……馬の準備はできるでしょうか?」
「はい、数頭でしたら……」
「いらん」
頷いて答えた貴族の言葉をグレイが遮った。
「儂が抱えて走った方が早い」
貴族たちが、何を言っているんだこいつはという目でグレイを見る中、クルムはあっさりと頷いた。
「ではそうしましょう」
「そうだな、走った方が早い」
続けてラウンドが頷いたところで、この議題の結論は出た。
明朝から、グレイはクルムを担いで走る。
ラウンドもそれと一緒に行動する。
「ついでに案を出した、このヒューレというのも担いでいくか」
「え?」
「そうじゃな、また何か良い案を出すかもしれん。決まりじゃな」
ラウンドが提案すると、本人の意思を確認する間もなく、グレイがそれを本決定する。
「いえ、僕は荷物になるだけなので……」
「なぁに、安心しろ! 俺はお前ひとり担いだところでばてたりせん!」
「…………わかりました、お願いします」
本当は担いで走られたら、めっちゃ揺れて辛そうだから断りたかったヒューレであるが、すぐさま反論が無駄であることを悟った。
何せこの老人たちは基本的に、できる、できない、でものを語っており、辛いとか苦しいとかの概念を装備していないように思えたからだ。
そしてその想定の精度は極めて高かった。
なまじ賢いというのも、わがままを言い出すことすらできず、辛いものである。