朝一番から走りだした巨躯の老人二人組は、昼を前にして、哀れにも顔を真っ青にして胃の内容物を吐き出すこととなった少年によって、足を止めることになった。
「軟弱じゃのう」
「うむ、あちらへ着いたら俺が鍛えてやろう」
「すみません……、次は、我慢しますので……」
無理やり連れてこられてこの言い草である。
一方で全く問題がなさそうなのは、グレイに担がれていたクルムである。
本当に肩に担がれて運ばれているので、接触している部分はやや擦れて痛いがその程度だ。
全然耐えられる程度の痛みであった。
そして一つ、気が付いたことがある。
「今度はヒューレが先生に、私がラウンド様に運んでいただきましょう」
「ええと……、そうしますか……?」
試しに出された提案を、ヒューレは素直に飲む。
気分の問題もあるかもしれないと受け入れた結果の数時間後。
今度は顔を真っ青にしているのはクルムの方であった。
逆にヒューレの方は幾分か顔色が良くなったようである。
「…………ラウンド様、もう少しその、揺れを抑えるようなことは、難しいでしょうか?」
河原へ行って、口をすすいでから戻ってきたクルムは、未だに青白い顔色のまま提案を持ちかける。
クルムが観察した通りであった。
ラウンドは、運ばれ心地が悪いのだ。
グレイと比べると圧倒的に揺れる。
「ほっはっは、ラウンドよ! お主は乗り心地が悪いそうじゃ!」
「何!? 普通に走っているだけだぞ!」
「まったく、普通に走るとな、人というのは揺れるようにできとるんじゃ。もう少しこう、うまいこと揺れないように走らんかい」
「ぐ、ぬぬぬぬ」
老人たちが喧嘩をしている間に、子供たちの方もこっそりと相談をする。
「次は、また変わります」
「申し訳ございません。交代しながら行きましょう……」
「いえ、クルム様のおかげで原因も分かりましたので……」
こちらの方が余程品がよくて、大人らしい会話であった。
問題はありつつも、そのうち担がれるよりも背中におぶさったほうが良いという気づきがあったり、段々とラウンドの乗り心地が改善したりしながら数日が経過する。
そうして間もなく北西貴族領へ本格的に入ろうという時だった。
軽快に走り続けていた二人の老人の目の前に、道を塞ぐように武装した集団が立ちふさがった。
突然現れたのではなく、元々ふさいで待ち構えていたのだろう。
走っている方は元気なのに、背中にしがみついている方は体力的に全く余裕がないせいで、クルムもヒューレも静かにぐったりとして、できる限りの体力温存をしており、その集団の存在には気づかない。
「一度突破じゃ」
「おう」
老人二人のやり取りはそれだけだった。
「止まれ!」
話など聞くわけもない。
しかしその声で背中に乗っていた二人も、敵の存在に気が付く。
「敵!?」
「よく掴まっておれ!」
即座にその指示に従ったクルムとヒューレ。
直後矢が放たれ、グレイとラウンドがほぼ同時に地面を蹴って飛び上がった。
走る速度のまま飛び上がった体は、そのまま兵士たちの頭上に降ってきた。
二人の兵士を犠牲に着地した老人たちは、何の合図もなく、これもまたほぼ同時に拳を振るった。
人が飛ぶ。
こんなところで待ち構えているような奴らは、敵に決まっていた。
何せグレイたちはモーリスが出している先ぶれよりも早く移動しているのだ。
自陣営のものが、こんな敵か味方かわからないものの領地で待ち構えているわけがない。
グレイもラウンドもひたすらに拳を振るった。
一人とてまともな状態で残しておくつもりはない。
そしてその制圧は、僅か数十秒で終わった。
道を塞いでいたと言っても精々三十人程度。
おそらく、もっと少ない人数での逃亡者を想定していたのだろう。
例えば、南西勢力の台頭に逆らおうとする北西勢力の貴族たちが、ばらばらで逃げてくることなどを。
全員を叩きのめすと、グレイとラウンドはそれらの生死の確認をすることもなく再び走りだす。
クルムはラウンドに対して、グレイの背中から声をかけた。
「〈リガルド〉へ着いたら、まず最初に迎えを出してください! このような待ち伏せが再び配備される可能性があります」
「そうしよう!」
頼りがいのある返事があって、クルムはグレイの背中で小さくため息を吐く。
この調子だと、東方面のどこかでもこのように見張りがたてられているのだろう。
アハーバ王国と南東領主たちとの対立を思えば、東方面のそれはもっと厳重である可能性が高い。
今クルムにできることはない。
ホワイトが騎士たちを率いてそれらを突破してくれることを祈るばかりである。
これまで規模が小さかったおかげで、ほぼすべてのことを自分で動いて決めてきたクルムとしては、なかなかに歯がゆい状況である。
しかし、これからは慣れていかなければならない。
自分だけの力では、自分とその周囲の人だけの力では乗り越えることが難しい、国の難事に臨む必要があるのだから。