二人の老人は、道中でさらに一体の魔物をひき殺し、ようやく〈リガルド〉へ到着した。
門兵はラウンドの巨体を見るや否や、扉を開けて街の中へ引き入れる。
「お早いお帰りですが、何か……?」
「何かだ。このままリゾルデの元まで行く」
ラウンドはそれだけを告げ、背中にヒューレを背負ったままのしのしと街の中を歩いていく。グレイも同じようについていくが、ラウンドが何も言わないため、兵士たちも疑問を覚えながらもそれを黙って見送った。
そのまま〈要塞軍〉の駐屯地へ到着すると、ラウンドは直接訓練場へ向かい、兵士たちの姿を発見した途端大きな声で問いかける。
「リゾルデはどこにいる!」
びくっと反応した兵士たちは、ラウンドの存在を確認するとすぐに姿勢を正す。
「執務室におられます!」
「よし! 訓練休憩! 今日休みの者も集めてここで待機させろ! 緊急事態だ!」
「はっ!」
歩きながら指示を出したラウンドはそのまま〈要塞軍〉本部の建物の中へと消えていく。兵士たちは皆、背中に子供を貼り付けていることを疑問に思ったが、ここでもやはり誰も口にしなかった。
ラウンドが妙なことをするのはいつものことである。
新しい筋トレにしては負荷が軽そうだなと思う者もいたとかいないとか。
執務室をノックもなく開けると、そこには鋭い目をした老人が待っており、じろりとラウンドを睨みつけた。
しかしやってきたのがラウンドとグレイ、そしてクルムであることに気が付くとすぐに立ち上がって「何がありましたか!」と声を発した。
実に察しのいい男である。
「王都がオブラ侯爵に乗っ取られた。逃げてきている者がいるから、うちから迎えを出す。早く準備をしろ」
「分かりました。今日休みの兵士を即座に向かわせましょう。訓練日の兵士は街の警備に当たらせます。クルム様には申し訳ございませんが、移動の間に詳細をお聞かせいただきたく存じます」
「分かりました、先生、降ります」
「あ、僕も……、ありがとうございました」
すっかり背中に乗ることに慣れていた二人が執務室に降りてリゾルデと向き合う。
「こちらは?」
「パクス商会長の御令息のヒューレです。パクス商会を動かす権限を持って避難してきました」
「なるほど。話は聞かれても?」
「問題ありません。さきほどラウンド様が訓練場で、訓練の中止と、休みの兵士を集めるよう指示を出していました」
「珍しく良いご判断です。では訓練場へ移動します」
かっかっと床を鳴らして歩きだしたリゾルデに迷いはなかった。
クルムもそのリゾルデの横に並んで歩く。
「王都ではおそらくジグお兄様を傀儡として、オブラ侯爵とアハーバ王国が手を組み、内乱を起こしたものと思われます。気付いた時には王宮に乗り込まれておりましたので、お味方を集めて脱出してきました」
「残って戦うことを選ばなかった理由は何でしょうか? グレイ様とラウンド様がいれば、それだけでも戦力十分であったかと」
リゾルデは二人の戦力を高く、そして正確に評価している。
有象無象がいくら集まったところで敵わないことを知っているし、クルムもまたそれを理解しているであろうと思っている。
だからこそ、その判断をしなかった理由が気にかかったのだ。
「街の内部に入り込んだ敵の数も、敵の正体もはっきりしておりませんでした。どこかで勝利する間に、必ずどこかで街の住民が犠牲になります。それを繰り返すうちに、きっと王都は疲弊し、隙ができていくでしょう。繰り返し局所的な勝利はできても、決定的な勝利につながりません。その状況が続くことに、王都の民や気持ちが揺れ動く者が耐え得るとは思えませんでした」
もしクルムが、自身の地位や権力だけに執着するのであれば、犠牲を覚悟してでも王都に残るべきだったとリゾルデは思う。
この判断ができる為政者を、甘いと見るべきか、それとも立派だと思うべきかは意見が分かれるところだろう。そしてどちらと思うかはともかくとして、リゾルデは、クルムの判断が気に入った。
「……首魁がはっきりとせずには、確かに厳しいですか。ではクルム様の目的は、敵をすべて引きずり出した決戦をすることですね?」
展望の確認。
自分の考えと一致していれば、クルムはただ漠然と判断を下したわけではなく、きちんと先々のことを考えて判断していることが分かる。
「はい。王国南東部のベゼルフッド辺境伯とはともに脱出し、ハップスお兄様とルミネお姉様、それから騎士団のホワイト団長をつけて自領へと向かっていただいております。戦う準備をする間に、王国北東部貴族領の説得を行い、連合。ベゼルフッド辺境伯にアハーバ王国をけん制していただきつつ、王都を囲い込み決戦に持ち込みます。それを済ませたら、続いて王国南西部の征伐に乗り出すつもりです」
一筋縄ではいかないが、確かな勝ち筋である。
細かな方法はこれから練っていけばいい。
まずは足元からとリゾルデが考え始めたところで、クルムがさらに付け足す。
「ああ、北東方面の貴族は、デモンズ伯爵を中心にすでに取り込んであります。迎えを出して、いちど〈リガルド〉へお招きすれば、今後の動きに協力してもらえるかと」
「……素晴らしい」
リゾルデが素直に言葉に出すと、クルムはちらりとその顔を見上げてから微笑んだ。
「ありがとうございます」
グレイがあまり褒めることがないので、こうして年上から手放しで褒められるのは珍しい。実に緊迫した場面ではあるが、少々面映ゆく感じたクルムであった。