リゾルデは訓練場に揃っていた兵士たちを三つに分ける。
一つは迎えに出る集団。
もう一つは〈リガルド〉を警備するための集団。
そしてもう一つは、待機休養のための集団。
はじめから全てを動かしてしまうと、穴が開いた時の補充が効かなくなる。
警備の集団は即座に街に散らばり、残る二つがその場に残る。
その中の隊長たちを集めたリゾルデは、クルムと共に地図を覗き込み、これまで歩いてきた経路を確認。隊長たちには、それを逆にたどっていき、仲間たちとの合流を図るよう指示を出した。
その中に、できるだけ丁重に、怖がらせないようにという指示も混ざっていたのは、リゾルデが〈要塞軍〉の面々にやんちゃな者が多いことをよく理解しているからである。
一応先日ラウンドと共に王都へ向かわせた面々は、〈要塞軍〉の中でも特別に礼儀正しくて大人しい奴らばっかりだったのだ。
今回迎えに出す奴らは、そこまで選別することができないので注意が必要と、そういうことである。
威勢よく出発していった者たちと、待機のために宿舎へ帰っていく兵士たち。
「長旅お疲れでしょう。ここからは座ってお話をしましょう」
最初の行動を終えたところで、リゾルデはようやくクルムに着席を勧めた。
当然休ませるつもりはまだない。
「軍としてまとめて王都へ向かうというのであれば、我々は前線に最低限の人員を残し引き上げさせましょう。はっきり言って、ここ〈リガルド〉を奪おうとする者がいるとは思えません。それはすなわち、自分たちで〈呪い谷〉や〈竜食山〉からあふれ出てくる魔物を相手にするということですから。警戒すべきは魔物だけです。ただ、魔物はどんな動きを見せるか分かりませんので、〈要塞軍〉としては、できる限りの短期決戦を望みます」
「長い戦いは私も望みません。国が疲弊します。……リゾルデ様、こちらのことはお任せしてもよろしいですか?」
「何か次の予定があるのですか……?」
だいぶ疲れているであろうに、また何か動き出そうとしているクルムを見て、呆れ混じりに感心しながらリゾルデは尋ねる。
「今日ここで休ませていただいたら、私は今度はそのまま東へ向かうつもりでいます。王都から脱出した北東方面貴族のうちの誰かが、オブラ侯爵家の手の者に捕まっているかもしれないので。それを解放することができれば、北東方面貴族との交渉が一気にやりやすくなります」
「見つかるとは限らないことに時間をかけるつもりですか?」
「逃走するであろう主要な道と、網を張るであろう要所については、ここに至るまでに考えてきました。その付近を探り、何もなければそのまま北東方面貴族の説得に向かいます。王都から逃げてきた者が〈リガルド〉に到着するまでで、およそ二週間かかるでしょう。前線を最低限の人員にするまでにはどのくらいかかりますか?」
「一週間ほどでしょうか?」
「では、ちょうど一カ月後に、ここから王都へ向けて進軍できるように準備はできますか?」
リゾルデはしばし目を伏せ、テーブルの木目をじっと見ながら頭の中でそろばんをはじく。
「…………兵糧の確保と、北東方面領主との連携を考えると、どんなに急いでももう一カ月ほど必要かと」
〈リガルド〉はともかく、他の北西方面貴族たちは、普段から戦に備えていないため、軍を編成するにも少しばかり時間がかかることだろう。兵糧のことも含めて、領主たちが〈リガルド〉へ到着してから、どんなに急がせても数十日は必要だ。
クルムは地方領主を過大評価し過ぎである。
また北東方面の領主たちは、魔物が多く出現するため、領内に精鋭をぽつぽつと抱えていたりするのだが、それを御しきれていなかったりもする。
リゾルデはこの際、軍を集める名目でラウンドにそれぞれの領土に走らせて、そんな奴らをスカウトして、〈要塞軍〉へ組み込んでしまおうと決めた。
御せない奴らをそれぞれの領地の在野に置いたままでは、宝の持ち腐れである。
「……その時間は、〈要塞軍〉が必要とするものですか?」
クルムは少し考えてから、リゾルデに問いかける。
もし指摘がなければリゾルデの方から伝えるつもりでいたが、クルムは自らその答えに辿り着いた。
その洞察力の鋭さに舌を巻きながら、リゾルデは答える。
「いえ、周辺貴族の準備期間とお考え下さい」
「わかりました」
クルムは、焦りにより〈要塞軍〉だけの計算で出立準備を想定した自分を反省しつつも、見積もりが間違っていないことには自信を持つ。
デモンズたちが準備をして出立すためにどれくらいかかるかを頭の中で計算し、改めてリゾルデに伝える。
「では、王都への進軍は二カ月後とします。そのくらいは必要でしょう。……冒険者にも協力を仰ぎたいと考えています。後払いで良ければ十分な報酬を支払うことを約束して、集めることは可能ですか?」
「試してみましょう」
「お願いします」
他にもいくつかの相談をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。
結局夜遅くまでかかった話し合いはようやく終わり、クルムは与えられた個室に戻ると、体をベッドに投げだして、目を閉じたままグレイに声をかける。
「明日から、またお願いします……」
グレイは返事も聞かずに寝息をたてはじめたクルムに、呆れた顔をして、しかし静かに部屋から出て、静かに扉を閉じた。
グレイから見ても、たった一晩とはいえども、クルムにはしっかりとした休息の時間が必要であった。