グレイの背中に乗ることも慣れたクルムは、これからどう動いていくべきか、王都でどんなことが起こっているのか、想像を巡らせていた。移動時間の全てが、これからのことについて考える時間にあてられるのは、なかなか贅沢である。
そうしているうちに、王都には【人形遣い】がいたことを思い出し、しばし嫌なパターンがいくつか頭をよぎる。
一人で勝手に眉間の皺を寄せていると、不意にグレイが話しかけてきた。
「結局お主の家族の仇は誰だったんじゃろうな」
元々はそれが始まりだった。
王位継承争いが本当にどうしようもないもので、敵討ちをして、王位継承争いをなくすこと自体が目的だった。
だがセルルトの話を信じるのならば、今回の王位継承争いはこれまでのものとは違う意味を持っていたようであった。
ただの貴族たちの勢力争い、というだけではなく、ハルシ王家が存続するかどうかの賭け。何を考えているかわからない、クルムの父である当代国王ルアーノが、オブラ侯爵家から王家を守るために打った苦肉の策であったようだ。
ならば憎むべきはオブラ侯爵家なのか。
それとも下手人や、下手を打った兄や父であるのか。
「分かりません。ただ……、私が王になったならば、二度とこのようなくだらない争いは起こらないようにします」
「二度と、のう」
「何ですか、その含みのある言い方は」
「いや、その意気やよし、か」
グレイは歴史が繰り返すことを知っている。
爺だからこそ夢のない考えを持っているが、それはそれとして、若者が大望を抱くのは悪いことではない。
「先生にしては妙ですね。お腹でも壊しましたか?」
「そんな軟弱な腹はしとらん」
クルムは、はて、腹を壊すのに軟弱もそうでないもあるのかと思いながら、また先々のことに思考を巡らせる。
一方でグレイの方も、荒れた道を走り、時折道なき道を飛び回りながらも、色々と考えを巡らせていた。
どうやら結局のところこの戦の原因は、グレイが若かりし頃に暴れたことが発端である。ならば自分が一人王都に残り、糞共の首を全員引き抜いてしまうのが正解だったのではないかと、今でも思っているのだ。
なぜそれをしなかったかと言えば、グレイが自分のこれまでを振り返って見たからだ。
グレイは自分の正義を疑っていないけれど、自分のやり方が最善ではないことは散々思い知っている。そうであるからこそ、これまでの人生の殆んどがうまくいかなかったのだ。
これだけ強くて決断力もあるというのにこの様だ。
だからこそ、子供ではあるが面白い考えをする教え子ができたのだから、晩年に一度くらい、他人の決定に身をゆだねてみようと思ったわけである。
しかし時間が経ってみると、いや、やはりぶち殺しに行った方がよかったのではないだろうかと言う気持ちが頭をもたげてくる。
これまでの失敗は、正義の執行が徹底的でなかった故ではないか。
怪しい奴は間違いとかを恐れずに、今度こそ遠慮なくくまなく皆殺しにすれば、実はうまくいくのではないか。
そうグレイの正義が囁くのだ。
それをいかんいかんと抑えるのが理性の部分である。
クルムがやると言っているのだから、やらせてみればいいではないかと。
失敗したら『回りくどいことをするからじゃ』とゲラゲラ笑って、皆殺しにしてやればいいではないかと。
そんな感じで、自分を押さえながら走り続けているのが今のグレイである。
とはいえグレイも、クルムの失敗を願っているわけではない。
これまで様々なことを失敗してきたグレイの経験によれば、詰めの部分でうまくいかなかったことがあまりに多すぎるので、もしやうまくいかないのではないかと心配しているだけなのだ。
例えどんな状況になってもどうにかしてやろうという親心である、とでもいえば、多少聞こえはいいのかもしれない。
さて、数日が経過して、最初のポイントに辿り着くと、そこにはクルムの想定通り、しっかりと検問が張られていた。問答無用で飛び込んだグレイは、数十秒でそこにいた兵士たちを蹂躙し、使い物にならなくする。
「ここを通った者を捕まえていますか?」
グレイの背中から下りたクルムが尋ねると、既に動けない状態にされている部隊の隊長らしきものが、呼吸を乱しながら首を横に振る。
「つ、捕まえていない……」
「本当ですか? 何か情報は持っていませんか?」
「じょ、情報?」
「はい。例えば、ここと同じように兵士が見張っている場所とか」
「し、知らない! ひっ」
知っていなければおかしい情報を知らないと言った瞬間、グレイが手に持っていた小石を親指でビッと弾き、その男の耳の一部を消し飛ばした。
「知っとるじゃろ、それくらい。それくらいの幅で削り取られながらじわじわ死にたくなかったら、知ってること全部吐かんか」
脅されても言わないのならば仕方がないかと、クルムは引き上げようとしたが、何を思ったのかグレイは地面に落ちている小石をいくつも拾って、ごみを見るような目で男に向き直る。
「知らない! ひっ、本当に知らない! た、助け、こ、殺さないでくれ!」
余計なことを言う度にグレイが小石を飛ばしていると、片方の耳が完全に消失したころに、その男は涙と鼻水を垂らしながらついに口を割った。
「お、教える……、場所を教えるから、もうやめてくれ……ひっ」
石をもう一つ飛ばして、まだ無事の方の耳を削った瞬間、男は泣き出しながらさらに大きな声で叫んだ。
「ここから半日ほど進んだ先で! 逃げてきた貴族の一人を捕まえたらしい! 俺たちのところには誰も来ていない、本当だ!」
「嘘じゃな。儂が来た頃には、ここいらからは血の臭いが漂っておった」
グレイはじろりと男を見下ろして淡々と告げる。
それから鼻で笑って言った。
「だがもう良い、何も言うな。指先からすべて削って殺してやろう」
「やめ、やめて! しょ、商人を二組捕まえて殺した! それだけだ!」
「全員か? 生き残りがおるじゃろ?」
「あ、あっちの茂みの奥に……」
グレイは蹴りを放って男の首をへし折ると、示された茂みの奥へと歩いていき、木に縛られている数人の女性と、放置された遺体を見つけてため息を吐いた。
「なんてことを……」
「……ま、これが戦争じゃな」
クルムの言葉に、グレイはつまらなそうにそう呟くのであった。