「お主らをこんな目に遭わせた者らは、殺したか動けないようにしておる。解放した後どうするかは好きにするが良い」
そんなことを言って、グレイは縛られた女性たちを解放していく。
そこらに散らばっている荷物や衣服を見れば、元々彼女たちがそれなりに裕福な旅人たちであることは明らかだ。
とっくに涙は枯れた後なのか、女性たちは泣かなかった。
グレイやクルムに礼を言って、改めて体を震わせる者。それから、グレイたちの言っていることを確認するためなのか、兵士たちの方を見に行く者もいた。
全員を解放する前に、兵士の命乞いをする声と断末魔の叫びが聞こえてくる。
本当にろくに戦えなくなっている兵士たちがいることを見つけた女性が、復讐のために殺して回っているのだろう。
それが聞こえてくると、ふらっとそちらに向けて動き出した者もいる。
最後の一人の縄を解きながら、グレイは言った。
「儂らは次の場所へ向かう。お主らは、奴らから荷を取り返し、行くべき場所へ向かうが良い。できるな?」
まだ年若い女性であった。
しかしその女性もこくりと頷いて、縄がほどかれるとそのまま兵士たちの命乞いが聞こえる方へと歩いていく。
クルムが呆然とそれを見送っていると、グレイはわざとらしく手のひらを払うようにしてぱんぱんと大きな音を鳴らす。そうしてびくりと肩を跳ねさせたクルムに言った。
「次へ急ぐぞ」
「……はい」
すっかり眉間にしわを寄せたクルムを背中に乗せて、グレイは道なき道を進んでいく。ここから先は、道と道にある森や川を越えて横移動になるので、今までよりもひどい悪路となっている。
それでも一応気を遣って移動しているグレイの背中はそれほど激しく揺れたりしなかったし、クルムも背中に乗って移動することにすっかり慣れ始めていた。
「先生」
「なんじゃ」
「さっきの人たちは……」
それから暫く黙り込んだクルムは、小さくため息を吐いて続けた。
「無事に目的地にたどり着くでしょうか」
「さあのう。しかし次の街はそれほど遠くもない。武器もある。色々と手に入るものもある。よほど運が悪くなければ問題なかろう」
あの場にいる時点で余程運が悪い。
クルムはそう思ったが、口には出さなかった。
「あの人たちが捕まっていた理由は何でしょうか?」
「わからんか?」
「……通り抜けられて、検問をしていたことがばれれば問題になるから、ですかね」
「分かっておるではないか。そうじゃろうな」
「拘束すればいいものを、殺す必要はあったのでしょうか」
「拘束しようとすれば、通り抜ける側も抵抗するじゃろう。そんな危険な相手、逆に兵士たちからすれば、あえて生かしておく理由があるか?」
国の法によれば殺人は重い罪である。
しかし、クルムは理解していた。
ばれなければ罪ではない。
軍事行動の邪魔をする者は、むしろ積極的に排除すべきであると。
「……先生」
「なんじゃい」
「戦とは、ああいうものでしょうか」
「戦に限らんが、ああいうもんじゃ」
「……あまり長く戦をしたくないものですね」
それきりクルムは黙り込んでいたが、またしばらくすると今度はグレイの方から口を開く。
「世の中には理不尽なことがある。理不尽を与える者の多くは、身分の高いものじゃ。争いが起これば理不尽はますます横行する。王族も貴族も下らん。そして役割を果たさず理不尽ばかりを横行させるものは、その中でも特別下らん」
グレイが不愉快そうに、表情を歪めて言葉を吐き捨てているであろうことが、クルムには見えなくともありありと想像ができた。実際そうであった。
そして、先ほどの光景が当たり前のことだといいながらも、グレイがそれに腹を立てているのであろうことも、クルムにはわかった。
グレイは理不尽な暴力の権化であるが、他人を虐げていなかったり、自身に因縁をつけてこないような相手に対して、その理不尽を振るうことはない。そして、それがきっとグレイの中の正義なのであろうとクルムは分かっている。
無茶苦茶なようで、意外と正義感が強いのだ。
「だからクルムよ。こんな下らん戦も、下らん継承者争いも、さっさと終わらせよ。儂の堪忍袋の緒が切れて、王都の怪しそうな連中を皆殺しする前にじゃ」
「……はい」
グレイは走った。
そして一人で五つの部隊を潰した。
そのうち四か所で一般人が犠牲となっていた。
さらに、そのうち一か所では、早くに逃げ出してきた北東方面貴族数人が拘束されていた。
グレイが最後の一か所に辿り着いた時。
そこではちょうど、馬車が踵を返して逃げ出そうとしており、それを兵士たちが追いかけ始めたような状況だった。
馬車の護衛についている数人が武器を構え時間稼ぎをしようとしていたが、人数差は歴然であり、それがいつまで持つかはわからない。
グレイは一切の迷いなく飛び出すと、クルムを背中に背負ったまま、馬車を追いかけている兵士の背中から襲い掛かり、引き倒し、踏みつぶし、気付いて振り返った者の顔面を殴打し、奪い取った槍を投げて数人を串刺しにする。
兵士たちは一瞬にして混乱に陥る。
今まさに自分たちが貴族に襲い掛からんとしているところを、謎の老人に急襲されたのだからそれも当たり前のことだ。
そんな兵士たちの様子を見て、今が好機と思ったのか、馬車の護衛たちが反転攻勢を仕掛ける。
兵士たち全てを戦闘不能にするまでには、それほど時間がかからなかった。