護衛たちが倒した兵士たちにとどめを刺して回る間に、クルムは地面に降りて貴族たちが乗っている馬車の方へと向かった。数人残っている護衛が近づいてくるクルムを、というよりもグレイのことを警戒して立ちふさがったが、そうそうに馬車から降りてきていた貴族の一人が「退け!」と一喝したことですぐに引き下がった。
「ファルボド子爵様、お久しぶりですね」
「クルム王女殿下。まさかこのようなところでお会いすることになるとは。ご助力感謝いたします」
「ここにいらっしゃるということは、王都から逃げ出してこられたのですか? よくこのような馬車の準備ができましたね」
感謝の言葉にはもちろん、気にしないでくださいなどと答えたりしない。
存分に感謝して、返してもらうつもりだからだ。
そしてそれよりもクルムは、あの状況下でこれほど立派な馬車で王都を脱出できたことが不思議だった。
「王都の外に待機させていたものです。……まぁ、色々と万が一の準備はしておりましたので」
「色々とは?」
「ファルボド子爵……、静かになったが何が……」
クルムが目を細めて尋ねたところで、馬車から次々と北東方面の貴族が降りてくる。降りてきたのは、ファルボドよりも爵位が高く、北東方面の貴族社会に影響力のある人物ばかりだ。
そうしてそこにいるクルムの姿を見て目を丸くする。
「これは……王女殿下、なぜここに」
正直なところ北東方面の貴族の説得に、クルムはこれまでやや苦戦気味であった。
皆が妙に慎重に事を構えていて、なかなかこれといった人物を捕まえることが難しいのだ。
「もし王都から脱された方がいれば、この辺りで待ち伏せにあっているだろうと、しらみつぶしにしてきただけです」
「なんという、慧眼……、お見逸れいたしました」
わざとらしく感心してみせる上位貴族たちに対して、一応クルムの方も丁寧な対応を取っておく。
クルムは、それに対してファルボドが冷ややかな視線を向けていたことにも、当然気が付いていた。
「まだここは安全な場所とは言えません。先を急ぎましょう」
話の長い年寄りたちの言葉を、クルムがぴしゃりと遮る。
「どうぞ、馬車へお戻りください。私は護衛たちに改めて指示を出すために、外を歩きますので」
ひるんだ隙を見て、ファルボドがにっこりと笑って続いた。
馬車は人が足を使わずに進むことができるだけで、特別速度が出るわけではない。
足腰が鍛えられていれば、無理に乗る必要もないのだ。
ファルボド子爵の年齢は三十半ば程度。
体は引き締まっており、馬車に戻っていった他の貴族たちと比べれば、運動能力は相応に高いだろう。
「王女殿下も馬車に……」
「ご厚意感謝いたします」
「では……」
「しかし、歩きますのでお気になさらず」
折角上位貴族たちと話をする場であったが、クルムはニコリと微笑んで断った。
道に散らばる兵士たちの死体が片付けられると、馬車がゆっくりと歩き出す。
それに伴い、クルムとグレイ、そしてファルボドは横並びになって歩き始めた。
「ファルボド子爵。色々とはなんです?」
「色々です。馬車に乗らなくてよかったのですか?」
「私を試しているのですか? 話がまだ途中です。そして、北東方面で話をするべき相手は他でもない、あなたであるはずです。ファルボド子爵」
「失礼いたしました」
ファルボドは、にっと笑って謝罪をした。
不敬であるが、しかしらしい表情である。
ファルボド子爵家は、北東方面の中でも最も北端に領土を持つ貴族家だ。
子爵に封じられて以来、領地に隣接する広大な湖に資材の全てを投じた巨大な港を作り、他国との交易で栄えてきた一族。
それを奪い取ろうとしてきた国内の貴族や、他国勢力を返り討ちにしており、子爵家とは思えぬ広大な領土を有している。
王国もそれを問題視して、直接指摘をしたことがあったが、多額の献金と交渉の末に、子爵という地位に収まることと、今の領土を変わらず有し続けることが認められてしまっている。
それを押さえるために、王国は王族近縁の者を侯爵や伯爵として近辺に送り込んでいるが、この様子ではどうやら逆に丸め込まれて久しいようだ。
「……オブラ侯爵家やアハーバ王国が、あらかじめあなたに声をかけていましたか?」
「それらしい使者はいただきましたね」
「それだから、王都の外に脱出の手段を用意していた?」
「それだけではありませんが」
曲者である。
何度か手紙を送ってもことごとくのらりくらりと躱してきたのは、何かが起こると察していたからか。
「……危険を承知でなぜ〈王誕祭〉に来ていたのですか?」
「実地で何が起こるのかを見たかったので。どの勢力がどれだけの力を持っているのか。そして王国の後継者に傑物がいるのかどうか。今後も王国貴族としてやっていくべきか否か。諸々の判断のためにですね」
「私には会うこともしてくれませんでしたが」
「そんなことをしなくとも、ここで会えたではありませんか」
「内乱を無事に脱出できなければ、会う価値もないと?」
「そこまでは言っておりませんが」
王族に対してなかなか無礼な男である。
グレイは不愉快そうにファルボドを睨んでいたが、クルムとしてはどうしたって今敵に回すわけにはいかない男であった。