転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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情報収集終わり

 ファルボドは肘置きに寄りかかるようにして額を押さえた。

 こうなってしまっては仕方がないと、この話の着地点をどこに持っていくかを思案する。

 

「…………お金をお支払いしましょう。それか、今回の内乱の解決に向けて、それに値するだけの動きをしてみせます。どちらがよろしいでしょうか?」

 

 あっさりと折れたファルボドに対して、クルムは思わずほっとして『それでは……』と話を切り出そうとしたが、にやりと笑ったグレイがそれを遮る。

 

「いやぁ、どちらもいらん。儂はやっぱり試練の塔の視察に行くことにした」

 

 クルムはぐっと我慢して黙り込む。

 何かグレイに考えがあるのだと思ったからだ。

 まさか嫌がらせのためとか、意地を張るためだけにこんなことを言い出すはずがない。そうだと信じたい。

 

「よろしいのですか? クルム王女殿下、あなたには北東方面貴族の支援が必要であるはずです」

 

 ファルボドの方も、説得すべきはクルムであると分かっているので、グレイではなくクルムの方に話しかける。理屈の通じない相手と交渉したってなにもいいことはないのだ。

 クルムは十三歳にして王位継承争いでここまで頭角を現した才女だ。

 グレイのような交渉が不可能なタイプのバーバリアンであるはずがない。

 

「……さて、どうしたものでしょうね」

 

 クルムがちらりとグレイに視線を送ったのを見て、ファルボドは内心で歯噛みする。さっき一瞬腰が浮きかけたのが見えたのに、いつの間にかしっかりと腰を据えられてしまった。

 二人がしっかりとした意思の疎通を図れていないことは確かだった。

 そこから分かることは、二人の間に確かな信頼関係があることである。

 

「試練の塔にある資金は、学術のための研究資金です。私がその分をお支払いしますので、押しかけるのはどうかご勘弁を」

「久々にあの塔の試練とやらを体験したくなった」

「グレイ殿がいらっしゃるのであれば装置は停止いたします」

「では、金の代わりに研究成果でも貰っていくかのう。ファルボド家もそうして、ジェイロ=ノームから研究成果を取り上げようとしていたようじゃからなぁあ?」

 

 ひくりとファルボドの目尻が痙攣した。

 そのことは基本的に誰にも漏れていない秘密のはずであった。

 ジェイロ=ノームは自分の名誉のために借金のことを外に漏らすはずがない。

 知っている者がいるとすれば、ジェイロ=ノームに借金返済のための資金を提供した人物、グレイだけである。

 どこまで聞いているかもわからない。

 

「あの、研究は……、ジェイロ=ノームが資料をすべて焼却したせいで情報が足りず、完成しておりません。実験のための魔物の素材も足りておらず……、いらしても面白い結果は手に入らないかと」

「それにしては必死に守るのう? んん?」

「そのようなことは……」

 

 グレイに顔を寄せられたファルボドは、しばらく目を合わせていたが、やがて根負けしたようにすっと目を逸らした。

 

「新兵器が上手く開発できていないのは本当のようじゃなぁ?」

 

 最悪だった。

 『新兵器』という言葉を聞いたファルボドは、ぐっと返答に詰まる。

 兵器を開発していると知られるだけでもろくなことにはならないのだ。

 

「ん? どうした?」

「……とにかく、お望みのものは手に入らないかと」

「ふぅむ、なるほどのう……。ま、そのうち遊びに行ってやるから楽しみにしておれ」

 

 

 情報を引き出すだけ引き出したグレイは、にやにやと笑いながら背もたれに寄りかかった。

 グレイも、クルムに交渉のための材料が足りていないことはよく分かっている。

 だからこそ、無茶苦茶な踏み込みで無茶苦茶な情報収集をやってのけた。

 別にこのまま大暴れしてやってもいいのだが、この戦いの主役はクルムだ。

 自分でアクセルを踏みっぱなしにして、これまで最終結果が良かったこともあまりない。

 いったん引いて、この先の交渉はクルムに任せることにしたというわけである。

 

「……新兵器ですか」

「研究の一つにそういったものもあるだけです。当然、結果が出ればハルシ王国にも報告する予定があります」

「そうですか。では、是非とも研究を進めていただきたいところですね。さて、ファルボド子爵。私も学ぶことは大好きです。学術の発展にぜひ協力をさせていただきたいと常々思っておりました」

 

 クルムがすっかり余裕の笑みを取り戻しているのを見たファルボドは、背筋に嫌な汗をかいた。クルムの笑顔は、横に並んでいるグレイとは似ても似つかない穏やかなものに見えるのに、その笑みが持つ雰囲気が酷似しているのだ。

 

「魔物の素材、足りていないのですね?」

 

 クルムはピンポイントで、ファルボドの言葉のうち、嘘でない部分を見抜いて指摘した。

 嘘を吐く時には、あるいは何かを誤魔化す時には、肝心な部分以外は本当のことを言うのが鉄則だ。

 先ほどの会話の中でファルボドは『魔物の素材も足りておらず』と言ってしまったのだ。

 嘘ではない部分として。

 

 クルムはファルボド子爵の返事を待たなかった。

 

「ファルボド子爵。私に投資しなさい。手を貸す、ではなく、陣営に加わりなさい。この内乱が終わるまでで結構です。そこから先の悪だくみはまた好きにすると良いでしょう。私も王位に就いて忙しくなれば、あなたに構ってはいられなくなりますから。代わりに、私が王位に就けば、優先的に魔物の素材を回しましょう。私、〈要塞軍〉や冒険者たちとは非常に仲良くさせていただいているのです。損はさせませんよ」

 

 笑みを消して前のめりになったクルムの瞳には、いつのまにやらギラギラとした攻撃的な意思の炎が宿っていた。

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