ファルボドは後悔していた。
王都にいる間に、きちんと全ての王位継承者に会っておくべきであったと。
当代の王は、もはやオブラ侯爵家に逆らえない。
次代の最有力候補であるヘグニ王子も、子供時代にオブラ侯爵家によって殺されかけている。
この国はもう駄目だ。
どこかで決定的な破局が起きる。
ファルボドはそれはまだ先であるはずだと思いつつも、その雰囲気を肌で感じるために〈王誕祭〉へ顔を出した。
十分な準備をして臨んだつもりだ。
万が一オブラ侯爵家が早まった場合は、いつでも地元へ帰り、独立を実行に移すつもりでいた。北東方面貴族たちには普段から影響力を持つよう努力してきたし、今回の一件で大いに恩を売ることもできた。
無事に領地までたどり着きさえすれば、どさくさに紛れて王となることができたのだ。
なんだかんだハルシ王家の歴史は長い。
民衆もハルシ王こそ、この国の、この地域一帯の王であると考えている。
しかしオブラ侯爵家が出張って、それをあからさまに傀儡にする姿勢を見せるのならば話は別だ。
それならば、ファルボド家が新たに王国を樹立するための妨げにはならない。
見誤ったのだ。
第十一王女などという存在が、まさかここまで手広く、そして手ごわい相手になるとは思ってもみなかった。
油断である。
最後の数歩の詰めで、浮足立って油断したことを、ファルボドはもう自覚しつつあった。
「……承知いたしました。クルム殿下、ひいてはハルシ王家のために、全力を尽くさせていただきます」
浮上の機会を逃した。
逃したのならば、また深く潜って機を窺うしかない。
これ以上逆らってはならない。
クルム側にグレイという頭のおかしい戦力があることを知ってしまった以上、そして、そのグレイに自分が存在を認知されてしまった以上、無茶なことはできない。
少なくともこのグレイが老衰で死ぬまでの間、ファルボドはクルムに対して野心を抱くことを完全に諦めたのであった。
「ありがとうございます。頼りにさせていただきます」
ぬけぬけとそう言ってのけたクルムは、どう考えても立派な政治家であった。
せめて王都でこの才覚に気付いていれば、もう少しましな交渉ができた。
ファルボドの胸の内は後悔でいっぱいである。
「ところでファルボドよ。お主の護衛が持っている槍は、妙に柄の一部が膨らんでおるな」
「あれは、敵の攻撃を受け流すために……」
「あそこに、何か仕込んでおるな?」
ファルボドは誤魔化すか、それとも本当のことを言うか悩んだ末に黙り込んだ。
グレイがなぜそれに気が付いたのかわからなかったし、どこまで察しているのかもわからなかったからだ。
「何とか言わんかい」
グレイに詰められたファルボドは、諦めたようにがっくりと肩を落とした。
「ご明察です。なぜお気づきになったのです」
「お主らの護衛たちが、あの膨らんだ部分を受け流しに使うどころか、できるだけ敵の攻撃とぶつかり合わぬよう気を遣っているように見えたからじゃ。ジェイロ=ノームの兵器遺産の一つを、解読したな?」
ファルボドは背筋につららを差し込まれたような気分だった。
聞いた話によれば、冒険者グレイは、魔法使いであり格闘家だ。
素手で試練の塔を完膚なきまでに破壊して、あの千年に一度の天才、ジェイロ=ノームのプライドをぼっきぼきにへし折ったことのある張本人である。
当然そちらの分野にばかりかまけているのだとばかり思っていたファルボドであったが、何と面倒なことに、どうやら洞察力も抜けたものを持っているらしいと気づいてしまった。
ジェイロ=ノームは、兵器の設計図をすべて焼いて捨てたはずだ。
誰にも見せていなかったはずだ。
しかし、グレイの目の前でそれをしているというのは確かで……、つまるところ、グレイはちらりとその設計図を目にしている可能性があった。
そして、場合によってはその一部を理解している。
「ゴルロドルドの核。足りておらんじゃろう?」
「ゴルロドルドとはなんです?」
「〈竜食山〉に住む魔物じゃ。亀のような生き物でな、一見ただの岩のような見た目をしている。うっかり足を乗せると、甲羅の穴から破裂させた岩を飛ばし、近くに居る者をずたずたにしてくる自然の罠のような奴じゃ」
グレイが爆弾亀と呼んでいる魔物である。
これが意外と〈竜食山〉の麓の方で暮らしており、めちゃくちゃに危険なのだ。
分厚い装甲もあって対処法はほぼなく、一般的には踏まないように慎重に進むというのが、最も賢いやり方である。
「あの槍の膨らみにそれが仕込んであって、何らかの方法で起爆させるようになっておるじゃろ。儂らが来た時に、お主が馬車を一度逃がそうとしていたのは、その兵器を使っているところを、万が一にも他の貴族たちに見られたくなかったためじゃな?」
グレイは知っている。
設計図にはそれほど詳しくないけれど、ジェイロ=ノームが何を参考に兵器を開発したかの心当たりがあった。
なにせジェイロ=ノームは、グレイの破裂の魔法によって、渾身の試練をことごとく破壊されているのだ。
最初の破壊の時には、途中からジェイロ=ノーム本人が出てきて、「やめろやめろ」と言い募るのを、グレイは無視して破壊の限りを尽くした。
人を試すなんてお高く留まりやがってと思っていたグレイは、悪魔のような笑い声を上げながら破裂の魔法をふんだんに使用して、試練の塔を完全粉砕した。
であれば、グレイの鼻を明かしたがっていたジェイロ=ノームが、破裂系の兵器に興味を持つことも容易に想像がつく。
ついでに言えば、グレイは冒険者時代に、試練の塔のジェイロ=ノームにゴルロドルドの核を納品して大金をせしめたことが何度もあった。
使い道なんて、それくらいしか思いつかない。
さらにいうのならば、二度目に試練の塔を壊したときには、既にそれの試作品らしきものも投入されていた。全部ぶっ壊したけれど。
「なぜ、そんなことまで……」
「儂を誰だと思っておる」
「……【青天の隠者】……。錬金王ジェイロ=ノームに、二度も膝をつかせた男……」
ファルボドからすれば驚愕の洞察力だが、グレイからすればそんな兵器を見逃すことの方がありえないことであった。