「その兵器があるにもかかわらず、なぜ逃げる気でおった?」
「……あの武器の名は破竜槍。まだ試作品であり、人には見られたくなかった。馬車を完全に反転させたうえで、距離を取ってから使うつもりでいたのです」
「そこへ儂らが来たから、反転攻勢に出たというわけか。……では、貸し一つじゃのう。儂らのおかげで他の貴族らにばれなくて済んだ」
その代わりお前たちにばれたのだから、一緒だろうがと思ったファルボドであったが、そんな気持ちは微塵も表情に見せずに、神妙な顔をして頷いた。もはや抵抗することは無駄であり、少しでも被害を減らすことに方針を切り替えている。
「それではファルボド子爵。今後の方針を共有させていただきますので、明日以降、北東方面貴族の方々への説得をよろしくお願いいたします」
「承知いたしました……」
ファルボドは破竜槍が、いずれもっと優れた兵器になるであろうことが分かっている。今は使用者もろとも吹き飛ばすような欠陥兵器であるが、いずれはそうではなく、一方的に敵を攻撃できるものになると。
だからこそ、今は雌伏の時だと判断した。
もし自分の代でそれがなされなくとも、子供や孫の代では、きっとファルボド家が王国に成り代わっている。
代々のファルボド家の先祖たちが基盤を築いてきたように、自分もその一人となることを、この時決めたのであった。
さて、翌日からクルムは馬車に乗って、北東方面貴族たちとじっくりしっかりと話し合いをすることになった。
すでにファルボドを落としていることもあって話は極めてスムーズに進んだ。
そもそも、クルムに味方している王子王女たちの名前を聞けば、まともな王国貴族ならば味方しないはずがないのだ。ましてや馬車に乗っている北東方面の貴族たちは、訳も分からぬまま王都が占領され、実際に待ち伏せまで食らっている。
オブラ侯爵が王家の後ろ盾であることは知っていたが、彼らにだって王国貴族としての、なめられてたまるかという矜持があった。ファルボドさえやるというのならば、オブラ侯爵家の無茶苦茶な支配に逆らうための挙兵に反対する者はいない。
そこへクルムが、ファンファを参考にしながら、口八丁で当主のおじさんや老人たちを乗せてやればやる気も十分だ。
十分に話し合いを済ませたところで、クルムはファルボドにくれぐれもよろしくと念押しをしてから、この集団から離脱した。
何事もなければ、そろそろファンファたちも〈リガルド〉に到着している頃のはずだ。戻って改めてしっかりと作戦を立て直したい。
三方向から十分な兵力をもって進攻すれば、何事もなく王都は取り戻せるはずだ。
貴族たちの帰りを阻止しようとしていたことを考えれば、すでに敵の最初の策は破ったも同然だ。
王都にはまだまだ貴族たちが取り残されているはずだが、それらを人質に取られたとしても、クルムは容赦するつもりなどない。
グレイの背に乗って、野を越え山を越えて〈リガルド〉へ到着したのが、出発してから十六日。
門を顔パスで通り抜けて街へ入ってみると、どこもかしこも人々が忙しそうに駆け回っているのが分かった。少し前に来た時とは違う、緊張感のある慌ただしさである。
街全体が、既に戦争のために動き出しているのだ。
通りを抜け、〈要塞軍〉の本陣へ向かうと、あちこちでトンカンと音が鳴り、荷駄を運ぶための車が作られている。
クルムはその合間を縫うように歩くうちに、前からずらずらと屈強なイケメンたちが歩いてくることに気が付いた。
「ファンファお姉様ですね」
「そうじゃな」
本人の姿は見えなくとも、あんな集団を連れているのは間違いなくファンファである。案の定しばらく進むと、ファンファが職人たちに激励の言葉をかけながらうろうろとしているのが見えてきた。
「あら……?」
ファンファの方も、クルムに気が付いたのは隣にいる大きな老人、グレイを見つけてからだ。グレイの顔を見てパッとよそ行きでない笑顔を見せた後、スーッと視線が降りてきてクルムと目が合う。
「クルム、帰ってきたのね」
「お姉様も無事に到達して何よりです。そちらは到着まで何か問題はありませんでしたか?」
「それが途中で敵の部隊と出会っちゃったの。でも丁度そこに〈要塞軍〉の皆様がいらして、挟み撃ちで快勝でしたわ」
ふふんと胸を張ってファンファが言えば、護衛の冒険者たちはその姿を見守ってゆるっと笑う。
少々数が増えているようなのは、この街に来てからハントしたからなのだろう。
とはいえ、護衛隊の性質は変わらないようだ。
「けが人などは?」
「なしですわね。あ、ケルンお兄様が、今不在よ? ラウンド様とデモンズ閣下と一緒に、北西方面貴族たちの説得に向かってますの。王族が一人いたほうが説得が容易かろうということで、各地を訪問しておりますわ。領主が王都に残っているような貴族たちも説得して兵を供出させるつもりのようです」
「なるほど、それぞれ動いているのですね。リゾルデ様は?」
「ヒューレ君と、アン様という冒険者のおばあさまと、中でお話し合い中ね」
アンと言えば、〈リガルド〉で冒険者活動をすると言って戻っていった〈サッシャー家〉の魔法使いである。元々は旧アルムガルド領の住民で、グレイの幼馴染のような存在でもある。
「私も顔を出します。失礼します、お姉様」
「そうね、なら私も行こうかしら」
くるりと方向転換したファンファは、ご機嫌に今日までのことをお喋りしながらクルムについてくるのであった。