揃って部屋に通されると、そこにはファンファが言っていた通り、リゾルデとアン、そしてヒューレが待っていた。
「おかえりなさいませ、殿下」
「久しぶりだね、王女様」
「はい、ただいま戻りました。アンさんもお久しぶりです。お元気そうで何よりです」
短い挨拶を交わしてクルムが席につくと、ちゃっかりファンファがその隣に座り、更にその隣にグレイが腰を下ろす。
「さて、北東方面貴族の方々には話をつけてきました。予定通りの時期に進軍をすれば、合流できる手筈となっています。ファルボド子爵を中心に、兵をまとめているはずです」
「ほう、あそこを押さえましたか。流石ですな」
「この件が終わったら、魔物の素材の受け渡しについて少しばかり相談させてもらうことになるかと思いますが」
「問題ないでしょう」
喫緊で協議するほどのことではないと、リゾルデが頷く。
まず今回の件に北東方面貴族を味方にできたことが何よりのプラスだ。
元々王都へ送っている魔物の素材の数を考えれば、どうとだって調整が効く。
「こちらは、アンさんがいるということは……」
「はい。ヒューレ君のおかげで、無事に冒険者たちからの協力も取り付けています。今日はその件について軽い調整をしていただけですので、殿下も今日はお休みになった方がよろしいかと。この建物の中に区画を用意してあります。ウェスカ殿も心配されていますよ」
リゾルデが必要な情報を漏らして、クルムに休養を勧める。
それによってクルムは、どうやら自分が疲れた顔をしているらしいことを悟った。
「ありがとうございます、リゾルデ様。それに、アンさんも、ヒューレも」
アンが穏やかに微笑み、ヒューレが「いえ」とだけ答えて小さく笑う。
人に恵まれた。
クルムはそう思いながら頭を下げて立ち上がる。
「では、お言葉に甘えて今日は休ませていただきます」
「案内をさせましょう」
王都を出て既に三十日ほどが経過している。
その間、グレイの背に張り付いていただけとはいえ、気を抜くこともできずに動き続けていたのだ。
流石のクルムも、表情に疲労の色が隠しきれていない。
「それなら私が案内するわ」
そういってリゾルデが案内を頼む前に、ファンファが立ち上がる。
ファンファからすれば、この場に置いて行かれても真面目な話には付き合いきれないので困ってしまう。話について行こうとすれば多少できるのだろうが、ファンファはそれが自分の役割ではないと分かっている。
一緒に部屋を出ると、そのまま長い廊下を歩きながら雑談を続ける。
「ねぇクルム。もし、私がクルムに早々に降参していなかったら、今頃どうなっていたのかしら。クルムが王位継承争いに参加していないで、ケルンお兄様も、ハップスお兄様も、ルミネお姉様も、それぞれで動いていて……。ホワイト騎士団長も前と変わらずだったら」
「……それだったら、もしかしたらオブラ侯爵はこんな事態を引き起こしていなかったかもしれませんね。順当に、ヘグニお兄様が後を継いで……、オブラ侯爵家に王家を乗っ取られていたのかもしれません」
ファンファはため息を吐いてやれやれと首を横に振った。
「妙に現実的な想定ばかりするんだから……、いいこと、クルム」
びしっと指を突き付けてファンファは語る。
「あなたが頑張っていなければ、きっと私以外のお兄様やお姉様は命を落としていたと思うの。あるいは、そうね……。ルミネお姉様の陣営が、大暴れしてたか……。どちらにせよ、私は、今よりよっぽどろくでもない状況になっていたと思うの」
「はぁ、なるほど?」
クルムの淡白な反応に、ファンファはまた大きくため息を吐いた。
「クルムのおかげで、今、お兄様やお姉様と共に、王国の危機に当たることができているって言ってるの。ありがとうって。疲れた顔をしているから、励ましてあげようとしてるのに、励ましがいのない妹ね」
クルムは驚いて何度か目を瞬かせる。
「なるほど……」
ようやく納得がいったように頷いてから、ゆるりと表情を緩めて笑った。
「そうでしたか。ありがとうございます、元気が出ました」
ファンファはしばらくじーっと、その言葉を本当か疑うようにクルムの顔を見つめてから、同じようにはにかんで笑って言った。
「そう、それなら良かったわ」
得意げに胸を張る姿はファンファらしく、ともに歩くファンファの護衛たちの中には、その姿に胸を打たれて目頭を押さえる者までいた。
グレイは大げさな奴らだと思って冷ややかな目を向けていたが、実際のところクルムもまた、今のファンファの言葉には、少しばかり心を救われていた。
クルムとて言葉に出さないまでも、どうしてこんなことになってしまっているかという思いはあるのだ。その中の回答の一つとして、もしや自分のせいなのではないかという思いも。
だからこそ、ファンファの素直な励ましが響いた。
自分がやってきたことが、間違ってばかりはいないのだと思えた。
「ファンファお姉様」
「何かしら?」
「私今、最初にファンファお姉様を味方にできて良かったと思ってます」
「……そうでしょう? ふふん!」
強がって胸を張ってみせたが、ファンファの顔は耳まで真っ赤になっている。
かわいらしい姉の表情の変化を見て、クルムもまた、小さく笑うのであった。