使用人たちの多くは兵舎の方を活用しているが、貴人とその身の回りの者たちは、こちらに部屋を与えられているらしい。
「クルムの部屋はここ、おじいさまは隣、クルムのところの二人はこっち」
それぞれ横並びの部屋が与えられているようで、クルムは自室を確認する前にウェスカがいるらしい部屋をノックした。
すぐに足音が聞こえて扉が開く。
「クルム様……、お久しぶりです。随分と、お疲れのようですね」
ウェスカはクルムが無事であることを確認するとほっと息を漏らし、それからすぐに顔色を見て、その疲労具合に気が付いた。
クルムも誤魔化すつもりはなかったのだが、それにしたって鋭いことである。
「ウェスカは元気そうで何よりです」
「こちらに来てから仕事があまりないため、いつもよりも休めてしまっているくらいです」
「明日からはまた忙しくなるかもしれません」
「ええ、待っていました」
こうして聞くとまるでウェスカが仕事中毒のようであるが、どちらも冗談である。
ウェスカとクルムはこんな緩やかな冗談を言い合えるくらいには仲が良く、そしてグレイとは違ってちょっとばかしお上品な関係である。
「グレイ様も、ありがとうございます。無事再会できて何よりです」
「なに、儂からすれば他愛もないことじゃ」
「ええ、もちろんそうなのでしょう」
グレイは鼻を鳴らす。
ただそれは、馬鹿にするようではなく、少しばかり誇らしげであった。
ウェスカの前になるとなぜだかクルム同様に、グレイもちょっとお行儀がよくなるのが面白いところである。
「ビアットも、元気そうですね?」
「は、はっ! お陰様で!」
ほぼウェスカとばかり仕事をしているビアットは、すっかりクルムに話しかけられると緊張するようになってしまっている。毎日のようにクルムのすばらしさを吹き込まれているので、それもまぁ仕方のないことだろう。
「さて、二人の顔を見たら少し安心しました」
笑いながらそういったクルムであるが、なんだかウェスカの変わらぬ顔を見たら、どっと疲れが湧いてきた。
緊張していた糸が、急に緩んでしまったのだろう。
クルムはグレイのことだって信頼しているが、常に何かやらかすのではないかと警戒していなければならない部分がある。
だが、ウェスカの前ではその必要はない。
絶対的に自分の味方でいてくれる。
その分かっこつけたくなる時はあるが、今日は素直に気を抜いていい日である。
「私は部屋へ戻って休みます。目が覚めたら、また情報を取りまとめましょう。それでは」
クルムはそう言って軽く頭を下げると、ふらっと歩いて自分の部屋へと姿を消した。
見送ったファンファはぽつりとつぶやく。
「ホントに疲れているのね。私にあんな顔を見せるなんて」
クルムはこれまでファンファに弱い部分を見せたことなどなかった。
ただ、今回こうして素に近い表情を見せたのは、ファンファの言う通り本当に疲れているから以外にも理由はあるはずだ。
例えば、ファンファへの信頼が上がったから、などと。
ファンファは元々天然かつ計算づくでのタラシ系少女である。
どうやら先ほどのやり取りは天然の方が発揮されていたようで、クルムのことも少しばかり誑し込んだ自覚はないようであった。
「クルムが休むのなら、私はまた、皆さんの応援にでも行こうかしら」
踵を返したファンファは、楽し気に廊下を歩いて去っていく。
王都から逃げ出してきて、メンタル的には落ち込んでいてもおかしくないような状況であるのに、ファンファのあり方はいつもとさほど変わらない。
もしかすると案外、闘争をのらりくらりと躱すタイプのファンファこそ、過酷な環境で生きていくのに適しているのかもしれなかった。
「儂も部屋へ戻るとするか」
解散の流れとなったので、一言だけ残してそのまま自室へと入ったグレイは、部屋の中に揺り椅子があるのを見つけると、すぐにそこへ体を沈めて体を揺らし始めた。
機嫌よくしばらく椅子を揺らしていたグレイであるが、突然、王宮にお気に入りのテーブルを残してきてしまったことを思い出し、小さく舌打ちをする。あのテーブルは思い出の一品でもある。
早く王宮へ戻って取り戻したいところだ。
テーブルのことを思い出すと、それに連ねて王都で暮らしている教え子たちの顔も頭に浮かぶ。皆立派な大人になっているはずだから、いちいち気にしてやる必要などもちろんないのだが、このような事態となってはやはり少しばかり気になるところだ。
こういうことを考え始めると、やはり王都に残って糞貴族共の首を引っこ抜いて回った方がよかったのではないか、とも思ってしまうのだが、後悔したところで仕方がない。
グレイは首を振って冷静に状況を分析する。
基本的には、無傷で手に入った都市の市民を傷付ける行為は、下策中の下策。
もしその都市を捨てて、さらに別の都市の攻略を目指して二度と帰ってこない、とかでない限りは、市民からの人気を得るというのは大事なことなのだ。
こうして椅子に揺られている時のグレイは、いつもよりも少しばかり穏やかだ。
珍しく理性的に頭を使いながら現状分析をしつつ、グレイもうとうととまどろんで時間を過ごすのであった。