すっかり黙り込んでしまったセルルトを無視して、グレイはしばらく椅子を揺さぶっていた。
だがあまりにも長い沈黙に、片目を開けてセルルトの方を見る。
セルルトは真面目な顔で何か考えこんでいるようだった。
「何か言い返してこんかい」
口喧嘩は得意そうだと思って放った言葉に応答がないと、想定外でつまらない。
何を考えているやらと思いながら片目を開けたまま様子を窺う。
「……もしクルムが内乱をうまく治めたならば、確かに私はこれ以上の争いを避けるため、死ぬべきなのかもしれんな」
グレイは深いため息を吐いて、両目を閉じてまた椅子を揺さぶり始めた。
あまりにもしょうもないことを言いだしたので、返事をする気すら起きなかったのだ。
セルルトが立ち上がり、一歩踏み出したところで、グレイは口を開く。
「三十も過ぎて、ガキみたいに気を引くようなことしか言えんのか。いい子ちゃんが。だから嫌いなんじゃ、貴族も王族も。馬鹿が。本当に死ぬべきと思うのならば、儂の知らんとこで何も言わんで勝手にくたばれ」
「死にたいわけではない。今グレイ殿に言われたからこそ、やはりそうなのかと……」
「なら止めてほしそうな物言いをするでない。僕、物分かりがいいから死ぬですぅ、ホントは死にたくないけどー、言いたいこともたくさんあるけどー。きっしょく悪い。世の中の決まりに縛られて死ななけりゃいけないなんて言ってる馬鹿は、最初《はな》から生きてすらないわ。母親の腹の中からやり直せ」
セルルトは顔を真っ赤にして怒った。
そして出ていこうとした足を止めて、椅子に座り直し、じろりとグレイを睨みつける。
「ならば、グレイ殿ならばどうしたというのだ」
「何をじゃ」
「グレイ殿が私の立場であれば、どうしたというのか聞いているのだ!」
「まず、顔を合わせなくなった父親に慮るのをやめる。王になりたくなどないから、そのまま出奔してもいいし、気に食わない奴らをボコボコにしても良い」
「それは……、グレイ殿が強いからできることだろう! 私は五歳の頃に毒を盛られたんだぞ!」
「儂は五歳の頃には魔物と戦い始めてたが?」
グレイの場合は完全にずるがあるのだが、それでもセルルトを黙らせることには成功してしまった。
話がそれたなと思ったグレイは、軌道修正を図る。
「そもそも、儂が言っておるのはそんな昔の話ではない。子供の頃のことなど、ちゃんと世話せず守ってやらなかった大人が悪いに決まっておる。大人になってからの話じゃ。お主は何をしたかった、そのために何を努力した? 誰かがそうしたいと思っていることを、自分の目的だと思い込んで、疑いもせずにそれに従って生きてきたんじゃろう?」
グレイの言葉の刃が、ずぶりずぶりと、セルルトが今まで見向きもしなかった部分を抉っていく。
「それで挙句に、国のために死ぬ? お主の人生、何のためにあったんじゃ?」
「私の……人生……。私は、王子として、国のことを一番に……」
「だから儂は、王族も貴族も嫌いなんじゃ。生まれた時から背負わされた役割? そんなものに縛られて生涯を過ごす。不本意に死ぬ。いや、不本意だとも思わずに死ぬのだろうな」
いっそ哀れになったグレイはため息交じりに、セルルトを見下すように見ながらそう言った。
「セルルトじゃったか? いや、元々はヘグニか。お主が譲れぬものは何だったのだ。生まれてから今まで生きてきて、一つもなかったのか? それは国のために死んだらいいと投げやりに思えるほど軽いものであったのか?」
グレイは揺り椅子から立ち上がると、俯いてすっかり体を小さくしているセルルトを、今度は本当に見下ろしながら尋ねる。
「答えよ。父に諦められて、名を奪われて、臣下に利用されて、側に仕える者も信用できず、それでも生きてきたのは、国のために死ぬためか?」
「……私は……」
物心ついてからの父との生活。
家族らしいやり取りがあった。
父と、母と、弟と自分。
父がいなくなり、母が死に、自分が毒に蝕まれ……、帰ってきたときには弟はすっかり明るい顔を失くしていた。あれよあれよという間に、名を取り替えられ、混乱している間に周囲をオブラ侯爵家の者たちに固められた。
それからはずっと、ヘグニにどう立ち回り、どう過ごすかを指南する毎日だった。
ヘグニが失敗をしないように、目をつけられないように、他の兄弟に陥れられないように。
「私は……ヘグニのことを守りたかった」
セルルトはぽつりとつぶやいた。
「小さなころから、人にやさしくて、争いごとには向かない弟だった。俺が毒を食らってしまったせいで、ヘグニが表に出なければならなくなった。俺は……」
途中で言葉を区切ったセルルトは、俯いて黙り込む。
セルルトが生まれて初めて問い詰められて出した答え。
ヘグニは、もう無事である可能性の方が低い。
「しっかり考えて生きぬからそうなる、馬鹿者が……」
セルルトの悲痛な表情を見て、グレイは深いため息を吐くのだった。