転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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清濁併せ吞むもの

 王族というのも難儀なものだ。

 世話係をつけられ、万民の上に立ち指示を出し、重責に耐えうるように育てられる。その点、ヘグニとセルルトの二人は半端であったのだろう。

 五歳まではセルルトが、それ以降はヘグニが王となるべく教育を受けた。

 心構えが違う、素直に受け入れる土壌がない。

 弟は兄の補助をすれば良いと思っていたし、兄は堂々と道を切り開くべきだと考えていた。だが五歳にしてその価値観が逆転した。

 弟はすっかり周りにいる人すべてに怯えるようになっているのに、堂々と道を切り開き、責任を取ることを求められた。兄は目立たず陰に隠れて表舞台に立たずに、そんな弟の補助をすることを求められた。

 

 歯がゆい日々もあっただろう。

 苦い思い出ばかりだろう。

 

 それでも父を頼ることもできぬ二人は、兄弟二人だけで手を取り合ってやってきたのだろう。

 仕える者は敵だらけ。

 本音で話せる時間もほとんどなく、それでも毎日詰め込むように学び、オブラ侯爵家のよいように行事に出される。

 その上で父王ルアーノは次々と政敵となり得る弟や妹を増やし続けた。

 

 今でこそ父の考えを良い方に推測しているセルルトであるが、幼い頃はどうだっただろうか。

 毒殺されかけたセルルト。

 攫われて脅されたヘグニ。

 母は死に、それまで交流のあった父は、一切二人に構わなくなって次々と新しい子供を作っている。

 見捨てられたと思うのが当たり前だ。

 前向きに、自分たちなりに考えて頑張ったのだろう。

 

「いい子ちゃん過ぎたのじゃろうな。悪事を教えてくれる者がいなかったようじゃ」

「悪事……?」

 

 やれやれと揺り椅子に座り直したグレイがため息交じりに言うと、セルルトは顔を上げて眉を顰める。

 グレイの言っていることの意味が分からなかったのだ。

 

「王など、悪辣であるべきじゃ。お主の父親が、お主らを見捨て、手段を選ばずに王家を残そうとしたように。能力が高くとも、純粋で素直でまともであったら、王など務まらぬ」

「……そんなことを教える者がいるのですか?」

「普通はいるじゃろう、そこかしこに。儂が思うに、教育係は王族に悪を教えるためにおる。うろちょろしている糞貴族共もそうじゃ。王になるものはそこから学ぶ」

 

 グレイが思うに賢王とは、善も悪も全てのみ込んだうえで、他者に犠牲を強いながら国家を良い方向に運営していく糞野郎だ。

 ここに感情が混ざらなくなれば、くびり殺してやりたくなるほど完璧である。

 正しい行いを人は王道というが、実のところ本当に大事を為す王の歩く道は屍で作られているはずだ。

 だからグレイは王なんて糞だと思っているのだ。

 

 グレイの友人であるナックスは、王に向いていなかった。

 能力は誰もが目を見張るほどであった。

 何事にも真摯であり、誰よりも優しく、もめごとの解決には力を振るわず、いつも頭を悩ませていた。

 こんな人が王になってくれればと、誰もが期待する王子であった。

 本人は王になろうと望んだわけではなかった。

 しかし、人の期待を背負う度に悩んでいた。

 

 どうせ王になったところで、悩んで苦しんで辛い人生を送るだけなのは目に見えていた。

 グレイはそんなもの誰かに任せちまえと思っていたし、普段から直接言っていた。

 王位継承者候補に、性格の悪い奴など山ほどいたのだから。

 

 しかしナックスは、期待を背負って、背負って、背負って、それでも押しつぶされることなく、期待に応えながら歩きつづけてしまうだけの才覚があった。

 グレイも、ついついナックスが歩く道に手を貸してしまった。

 止めりゃいいと思っているのに、手を貸し続けてしまった。

 

 だから殺された。

 人を疑う才能がなかった。

 悪事を想像する素養がなかった。

 

 十分な仲間がいたせいで、今殺さねばどうにもならなくなると、思わせてしまった。

 グレイはナックスの死に関して、自分にも大いに責任があると思っている。

 思っていたではない。

 今もそう思っている。

 

 グレイは王族が嫌いだ。

 それらのほとんどは悪辣な教育を受けているし、そうでない者であっても、糞みたいな責任感で人生を台無しにするからだ。

 関わったって碌なことがない。

 嫌な思いをするだけだ。

 

 嫌なことを思い出したと、グレイはため息を吐いて八つ当たりのようにセルルトを睨みつけた。

 きっとヘグニもセルルトも、オブラ侯爵家が利用しやすいようにと、王としての教育が中途半端であったのだろう。

 本来王位継承者候補本人が、ある程度悪知恵が働き自衛能力を持っていないと困るのであるが、今回の場合はオブラ侯爵家の権力が強すぎるため、もはや自衛の必要もなかったのだ。

 質の悪い交渉は、オブラ侯爵家のものがあらかじめ、うちうちに済ませておいてしまえばいい。どうりでヘグニもセルルトも、他の候補者たちに比べると、どこか物足りないような感じがするわけである。

 詰まるところ、温室栽培で経験不足なのだ。

 方向性としてはケルンに近い。

 

「それで、お主はもうヘグニの命を諦めたのか。だからもう生きる意味もないと?」

 

 グレイは目の前にいるセルルトに対して投げやりに問いかけるのであった。

 ここでそうだと答えたら、本当にしょうもないし邪魔になるだけなので、従者もろともぶっ殺しちゃおうかな、なんてことを思いながら。

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