転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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46話 身の程知らず

 廊下に出てしばらく進んでから不意にクルムが口を開く。

 

「先ほどの支払い、後で立て替えますので」

 

 グレイはあきれ顔でクルムを見てからため息をついて答える。

 

「いらんわい。あれは元々ウェスカを傷つけた奴らからせしめた金じゃ。ああ使うのが正しい。あの忠実な部下には、お主から支払ったとでも言っておくがよい」

「ウェスカに嘘をつけと」

「誰も損をしない噓をついて何が悪い。清濁併せ呑むことができないものが、玉座になどつけるものか」

 

 実際はグレイに壊滅させられた悪党たちが損をしているのだが、そんなものはグレイにとっての誰かに含まれていない。この場合の誰かというのは、グレイの身近にいる者のことである。

 

「分かっていますが気が引けますね」

「なに、いつも猫を被っているのと同じじゃろう」

「まぁ、そうかもしれませんが。嘘をつくのと知らせないのはなんというか……」

「子供じゃのう」

 

 クルムはむっとして黙り込む。

 まだまだスペルティアのようにグレイをやり込めることは難しいようだ。

 

 やがて正面から急ぎ足でやってきたウェスカを、クルムは表情を切り替えて迎え入れる。立て替えておいた旨を話せば、ウェスカは恐縮しながらも納得したようであった。

 

 揃って自室の前に戻ると、いつもの酔っ払い警備兵が、珍しくしっかりと目を覚ましてクルムたちを迎えた。

 ほんの数分前にウェスカが急いで出入りをしたので、まだ寝入っていなかったようだ。

 

「お、親父!?」

「ビアット! こんなとこで何してんだお前!」

「お、俺は……、その……」

「ビアットはハサドのご子息でしたか。先ほど街で力を貸していただいたので、そのお礼にウェスカの部下として雇い入れることにしたのです」

「詳細はお話しできませんが、ビアットさんには助けられました。立派なご子息をお持ちですね」

「え、いや、こいつは俺に似て飲んだくれで、なんというか……、本当にこんなの雇っていただいていいんですか? 他の人にした方が……」

 

 長年兵士をやってきたハサドからすれば、クルム陣営がはずれであることはよく分かっている。出来損ないとはいえ自分の息子はかわいい。

 そこに組み込まれることが将来のためにならないのではと判断して、表情をひきつらせながら息子の評判を落とすような事を言ってみる。

 

 しかし飲んだくれで子供に絡んでくるような馬鹿者であることは、クルムもグレイも承知の上だ。半分口封じのために雇おうとしているのだからそんなことで怯んだりはしない。

 

「身内だからとそんなに厳しくおっしゃらなくても大丈夫ですよ。ビアットにはこちらに住み込んでいただきます。ちょうどウェスカだけでは手が回らなくなっていたところですし、偶然とはいえハサドのご子息となれば安心して仕事を任せることができますね」

 

 クルムがにっこりと笑えば、ハサドはそれ以上反論できなくなる。

 お前も息子のことを考えるならば、もうちょっとちゃんと働くんだぞと言う脅しにもなって一石二鳥だ。

 思わぬ収穫であったけれど、たまにはそんな日があってもいいだろう。

 扉をくぐり、ビアットには使用人のための部屋を貸し与える。

 

「今日はここに泊るといいでしょう。一人で外へ出ては危ういですから、明日先生と一緒に外出し、必要な物を家から持って帰ってきてください。それ以降はウェスカについて本格的に仕事を覚えてもらいます。何か質問はありますか?」

 

 与えられた部屋は掃除の行き届いた立派な部屋であった。

 一人が生活するには十分すぎる広さがあり、持て余してしまうくらいであった。

 両親には内緒で兵士の仕事をやめ、家にも帰れず安宿に荷物を置いて酒をかっくらっていたビアットには破格の対応であった。

 

 王宮の勢力図に詳しくないビアットは、もしや自分はとんでもない幸運に巡り合えたのではないかと思いながらクルムに頭を下げる。

 

「いえ、ありません!」

「そうですか。では、明日からよろしくお願いします」

 

 喉元を過ぎると熱さは忘れてしまう。

 それは痛みも同じで、グレイによるびんたの力加減が絶妙であったせいで、今となってはどこも痛くない。もうちょっと痛みが残っていれば、ビアットも冷静にものを考えることができたかもしれない。

 

 部屋へ入りビアットは考える。

 クルムも今はまだ美少女でしかないが、成長すればきっと誰もが振り返るような美女になることだろう。それに仕える近しい部下と言うのは、なんだかとても悪くない気がする。

 もし万が一この陣営が天下を取ったりしたらと思い、部屋の中で一人変な笑いを漏らす。

 ビアットはこれから先幾度となく後悔をすることになるのだが、この時ばかりは幸せな未来を描いて一人浮かれていたのであった。

 

 

 ファンファは自室でお気に入りの冒険者の膝に座っていた。

 もう一人が果物をつまみ、ファンファの口へと運ぶ。

 

 今はとにかく機嫌が良かった。

 ファンファは別に王になろうなんて考えていない。

 十分に勢力の力を蓄え、どこかで頭一つ抜けそうな勢力に恭順し、甘い汁を吸いながら生きていくつもりだ。そもそも政治をつかさどることなど面倒で仕方がない。

 母親の身分さえ考えれば、それくらいで十分に幸せな人生だ。

 

 しかしあの身の程知らずの妹は、ファンファの完璧な計画を生意気にも邪魔をしてきそうな雰囲気があった。

 許されざることであり腹も立ったが、思い知らせてやるための作戦は順調。

 唯一の腹心をさらうことに成功したと報告を受けている。

 

 協力者であり、元騎士団の負け犬であるスカベラは、偉そうに『爺に気をつけろ』と言ってきたが、あんなものは所詮はただの年寄りだ。

 ファンファは大したことはできないだろうと高をくくっていた。

 

 ついでに力を過信してみんなで救出に向かい、まとめて命を落としてくれれば大満足である。

 

 果物を食べさせてもらいながら、ファンファは最良の結果報告が来るのをのんびりと待つのであった。

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