「しかしセルルトお兄様からそう言ってもらえると、一つ問題が解決しますね」
「なんだろうか、できることならば何でもやろう」
「では、基本的にはセルルトお兄様は護衛や使用人の方々も含めて、こちらで留守番をお願いすることになるでしょう」
「……なんだって?」
ぽかんと口を開けたセルルトは、聞き間違いかと思い問い返す。
しかしクルムは当たり前のように笑って同じことを繰り返した。
「ですから、セルルトお兄様は今回の戦いには一切かかわらずに、〈リガルド〉で留守番をしてください」
「それは、なんだろうか、その、私が役立たずであるということだろうか?」
「そういうことになるのう」
すかさず同意を示したのはグレイだ。
ただの嫌がらせである。
「そうではなく、単純にお兄様の周りにいる人たちに関する、敵味方の区別がつかないからです」
セルルトはぐっと黙り込んだ。
確かに裏切り者に関しては、出立までに何とかしなければならないと考えていたところだった。
当然クルムもそのことを意識に入れている。
「お兄様が体調の関係でこちらに残ることを、今のうちに公然の事実としておきましょう。もしお兄様の周りの人物に、オブラ侯爵家に情報を渡さんと画策する者がいるのならば、きっと軍への同道を唆してくるのではないかと。そうでないと、仮にオブラ侯爵家が私たちに勝利した際に、何もしなかった役立たずとなってしまいますから」
クルムが言葉を紡ぐのを、セルルトは舌を巻いてただ黙って聞いていた。
十三歳にしてこれだけ人の裏をかくようなことばかり考えつくことを末恐ろしく感じるのと同時に、昨晩のグレイの言葉を思い出していた。
純粋で素直であるだけの者に王は務まらぬ。
クルムは多分純粋な思いを持っている。
人の言葉を受け止められる素直さを持っている。
民への慈しみを持っている。
その一方で、目的のための策謀を、当然のこととして受け入れている。
「ああ、そうですね。私とセルルトお兄様は仲違いをしていることにしましょう。だからセルルトお兄様はここに残される。たとえ私が勝っても、セルルトお兄様にも、その従者にも居場所はなくなる。お前たちのことを世話することはできなくなるかもしれないが、穏やかに生きていることだけは保証されているとでも嘯いてください。敵を、炙り出しましょう」
「……私が、偽物を判別すればいいのだな」
「はい。お願いします。セルルトお兄様を信じます。万が一、間違いなく膿は出し切ったと断言できるところまでくれば、共に王都へ向かいましょう」
これはクルムからセルルトへの試しでもあった。
セルルトが身内にどれだけの評価を下せるのか。
そしてどれだけの目を持っているのか。
そしてこれから先は、モーリスの手先の者たちを使って、四六時中見張らせて情報収集をするつもりであるから、半端な対応であればセルルト本人をも信じ切ることは難しいだろう。
セルルトは目を細めてしばし考えながら、なんとなく言外に含まれるクルムの意図を受け取った。王都までついていけるかどうかで、ヘグニに対する捜索救出の熱量も変わる可能性がある。
「必ず、見つけ出してみせよう」
「期待しております。では、私たちは対立しているという設定ですので、これにて」
クルムは勢いよく立ち上がると、冷たい表情を作って、慇懃無礼なほどにしっかりと頭を下げて、ツンとした態度で建物の中へと戻っていった。
誰か見ている者がいれば、何かしらの交渉が決裂したと思うに違いないだろう。
クルムはそのまま部屋へと真っすぐ向かい、扉を開け、扉を閉めるのをついてきたグレイに任せて、そのままベッドに体を投げ出した。
「休息の時間が……」
グレイの計算によれば、しばらくグレイにしがみついての移動をしたことで、クルムの体力は向上している。
若いクルムの体ならば、昨晩で体力も最大値に回復しているはずだ。
つまり、多少休息時間が少なくても何の問題もないはずである。
「いやぁ、偶然じゃのう。なぜセルルトは朝からお主の居場所が分かったんじゃろうなぁ」
「偶然でしょうか……? はぁ、朝から少し疲れました……」
グレイが昨晩セルルトをけしかけたとまでは思わないらしい。
まだまだ甘い部分があると、グレイはにやにやしながら一人で筋トレを続ける。
「朝食を食べたら、ウェスカたちと情報の共有ですね。それから、モーリス殿に頼んで、人を動かしてもらって……」
ぶつぶつとベッドにうつぶせになって呟くクルムは完全にくつろいでいる。
グレイがいようがいまいがお構いなしだ。
「のうクルムよ」
「はい、なんでしょう?」
「お主、セルルトを信用しておるのか?」
クルムはパタパタと動かしていた足を止めて、もぞもぞとベッドの上で方向転換し、親指一本で倒立しているグレイを見て答える。
「信用したいと思っています。そして、ヘグニお兄様がセルルトお兄様の言う通りの方なら、そちらも」
「難儀じゃのう」
「…………二人とも、半分は血の繋がった兄ですから」
それでも仇ならば殺そうと思っていた。
絶対に許せないものがあると思っていた。
しかし、ここまでたくさんの兄や姉と触れ合ってきて、クルムは思っているのだ。
ヘグニの考えを甘いと思いながらも、クルムだって思っているのだ。
「あまり情に流され過ぎぬようにな」
「分かっています」
どうせなら、生きて仲良くできていたほうが良いと。