朝食の後、ウェスカたちにこれまでの経緯を話して少しばかりリフレッシュしたクルムは、今度はそのまま、モーリスを自室に呼び出した。
先ほどの、セルルト周りの人材についての情報を集めるためである。
事の経緯を伝えると、モーリスは手の者に余裕があることもあって、快く受け入れてくれた。
なんでも要塞軍には既に手の者がある程度自由に動くことには許可を取っていて、必要に応じてリゾルデにも協力をしているのだそうだ。
モーリスも引き継いで一年足らずとはいえ、身分だけを見れば、旧アルムガルド辺境伯家やベゼルフッド辺境伯家と並ぶ、王国の重鎮である。
いつまでも若者のような顔はしていられないのだろう。
頼りがいのあることだ。
午後からはリゾルデたちと相談をしてから、改めてファンファを連れて冒険者たちの激励。
これから起こる戦いがどのようなものであるのか。
その結果、〈リガルド〉の街や、冒険者たちにどのような利があるのか。
そんな話を伝えて戻って来る。
クルムのできることは少ない。
北西貴族たちの徴兵はケルンとラウンド、そしてデモンズ伯爵に任せるしかない。
あとはそれこそ、ファンファのお喋りに付き合いながらセルルトの周りからの報告を待つばかりだ。
時折街に降りて演説をぶち、ファンファと共に戦のための準備をしてくれている人たちに声をかけて励まし、体力に余裕がある日はグレイと共に訓練を続けていたある日のこと。
ベゼルフッド辺境伯の名前で、手紙が届いた。
辺境伯によれば、南東方面に向かう軍も相当しっかりと進行妨害にあったそうだ。
特に東へ進むほど野盗の振りをしたアハーバ王国の軍勢による妨害が激しく、ベゼルフッド辺境伯領へたどり着くことが難しく、ようやく北端から領土入りして、こうして手紙を出したのだそうだ。
それより手前の各貴族たちは、軍備を整え次第、領土を守る兵を残してベゼルフッド辺境伯領を取り戻すための行動を開始。手紙が到着するころには都まで取り戻している予定だと、強気な内容が書かれていた。
なんでもアハーバ王国が本腰を入れて領土を侵略、支配していたのならばともかく、表向きには戦争をしていないふりをしているらしい。
アハーバ王国としても、いざという時には知らぬ存ぜぬを通すつもりでいるのだろう。
クルムはアハーバ王国のやり方に、完全に舐められていると感じたが、実際そうされても仕方のないような状況である。
逆に本腰を入れられていれば、王国南東部は相当危険な状態に陥っていたはずだ。
なめてかかったことを感謝して、存分に後悔させてやるべきだと思い直した。
とにかく、南東方面も順調とは言えないけれど、無事に領地までたどり着けたことは分かった。あのホワイト団長がついていれば、戦いで後れを取ることはないであろうし、ルミネが同行しているので、教会勢力の力を借りることだってできるはずだ。
南東方面が最も危険な場所と考えて、しっかりと強めの戦力を送り込んで正解であった。
状況はすぐにリゾルデらと共有。
状況が動き出したことがはっきりとしたところで、その夜、モーリスからも報告が入った。
近頃セルルト周りの従者たちが、こそこそと話をしているのを聞いたと。
『やはり、セルルト様には王都へ行ってもらわねば』
『しかし』
などと話をしているようだ。
何の目的で王都へ向かわせたいかまでは定かでなかったが、動揺が広がっていることは間違いないようだ。セルルトが繰り返し、王都へ行かないという話を護衛や従者たちに共有しているのだろう。
こちらも話が進んでいるといえば、進んでいるようである。
さて、それからさらに二日ほど空けて、今度はラウンドから手紙が届いたらしく、クルムが開封の現場に呼び出された。もちろん、グレイも一緒である。その場にいるのはクルムとファンファ、モーリスとグレイ、そしてリゾルデである。
全員が揃って腰を下ろしたところで、リゾルデはやや渋い表情で手紙を取り出し、その内容を要約したものを伝えていく。
「大将によると、メゾルト子爵家を訪問した際に、ケルン王子が不意打ちを受けたそうです。日ごろ鍛えていたケルン王子は、不意打ちながら見事一撃目を回避、デモンズ閣下が腰を抜かしている間に大将が暴れ、そのまま脱出。北西方面の一部貴族と、にらみ合いの状態になっているそうです。この手紙を出し次第、戦闘へ突入するそうです。王都の貧民街の住民たちを戦に慣れさせるのにはちょうどいいだろう、とうちの大将は言っております」
ラウンドたちは元々要塞軍入りさせるつもりで、それなりの数の貧民街の住民たちを連れて行っている。その中には四天王の、ブルトンや、ロンヌスとメロディエも含まれているので、確かに戦力としては頼りになるだろう。
「兵士は……それほど連れて行っていなかったのでは……?」
クルムが当然の質問をすると、リゾルデは頷く。
「デモンズ伯爵が護衛に連れてたグロウバウゼン殿を中心とした、精鋭部隊を結成して共に行動しているそうです。各領地で大将が見つけ出した者たちを次々と取り込んでおり、……中には半ば山賊じみたものもいるそうですが、とにかく、その数おおよそ二百五十ほど。貧民街の住人たちと合わせれば三百は越えるので、大将はそれで十分だと」
「敵戦力は?」
「千ほどと。私の推測によれば、おそらく増援も来るでしょう」
戦が起こった場所と時を考えれば、おそらくとっくに戦いは終わっている。
クルムも、ファンファも、モーリスも、それぞれ顔を青くしてどうしたものかと考えているところに、リゾルデが言った。
「こちらは特に問題はないと思われますが、場合によってはクルム王女殿下には、北西方面貴族の再編をしていただくことになるかと思います。お手数をおかけいたしますが、今回敵方に加わった貴族に関しては、こちらでしっかりとまとめておきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
リゾルデは報告をそのように締めくくる。
「……勝てるのですね」
常識的に考えれば難しい。
だからこそクルムも表情を変えたのだが、クルムは彼らが、特にラウンドが普通ではないことを知っている。
「魔物に囲まれた時を考えれば、それほど絶望的ではないでしょう」
「……犠牲は」
「多少は出るかと思います。戦いに犠牲者はつきものです。しかし、敵方にはその十数倍の犠牲者が出ることでしょう」
クルムは目を閉じて、指先でテーブルを数度叩いてからパチリと目を開けて言った。
「分かりました。敵方についた者について、しっかりと情報をまとめておいてください」
いよいよだ。
本格的な戦の影が、ぞわりぞわりその手を伸ばし始めていた。