セルルトの部屋には時折人が訪ねてくる。
王都への進軍に同行しない。
その話をして以来、こっそりと、かわるがわる人がやって来るのだ。
そしてそのほとんど全員が、王都への同行を勧めてくる。
中には数人、ここ〈リガルド〉で大人しくしていましょうと勧めてくる者もいたが、改めて、その場合はお前を雇う余裕はなくなるだろうと言うと、動揺を見せてきた。
結局のところみな、自分なのだ。
自分が良ければそれでいい。
セルルトの立場や未来などどうでもいい。
オブラ侯爵家に命じられたからとはいえ、皆十年、二十年とセルルトの傍に仕えてきたような者たちだ。その誰もが、自分の都合だけを優先していることに、セルルトは一人落胆していた。
分かっていたはずだ。
分かっていたはずなのに落胆してしまうのは、つい最近目の前で本当の信頼関係を見せつけられているからなのだろう。
セルルトが唯一信頼関係を築けていた相手は、たった一人、ヘグニのみである。
本人は酷く落ち込んでいるが、実際セルルトの環境は過酷だったのだろう。
普通仲間を得る時、例えば、クルムがウェスカを仲間にしたときは、最初から好感度がプラスの方向に傾いていた。
例えばファンファだって冒険者を仲間に引き入れる時、自分の良い感情を抱かせてから口説いている。
それがセルルトにはできなかった。
配下を、護衛を、お付きの者を自分で選ぶことができなかった。
自分たちよりもオブラ侯爵家に対して忠誠心が厚い、二心のあるものしか側にいなかった。
他のものが0からきっかけをもってプラスにしてから配下に引き入れるのに対して、セルルトの場合は本当の主はオブラ侯爵家、というマイナスの状態からのスタートである。
しかも、オブラ侯爵家の力は年々強くなっていた。
どんなにセルルトやヘグニが心を砕いて接したところで、それは無意味である。
そんな気の落ち込むような日々が続いたある日のことだった。
明け方の早い時間。
規則正しく健康的な生活をしているセルルトの部屋に、ノックの音が響いた。
現れたのはもう五十を越えた護衛騎士の一人だ。
セルルトとは特に長い時間の付き合いがある男で、護衛についてからすでに丸々二十五年が経過しようとしていた。入れ替わった後すぐから、ずっとセルルトの護衛をしてくれているベテランである。
気難しい男で、普段からあまり話をするタイプではない。
セルルトはこの男の不愛想な態度が、昔からあまり得意ではなかった。
ただ、厳めしい渋面は迫力があって、ある意味護衛には向いている。
「ああ、ノットン。なんだ?」
「……聞いたところによると皆が軍への同行を勧めているようですね」
個室の椅子に腰かけるセルルトに対して、ノットンは入り口の扉をしっかりと閉めてから、難しい顔をしてそう言った。ノットンが自主的にこれだけ話すのは、二十年以上共にいるセルルトから見ても珍しいことである。
それだけ、セルルトが王都へ連れて言ってもらえないという事実は、配下たちにとって衝撃的なことだったのだろう。
「お前もそういうのだろう」
「…………いえ、こちらに残るべきかと」
「何? ……残ったところで、クルムが勝利した場合、私にはお前を雇う余裕はないぞ」
「その時はこの街の〈要塞軍〉にでも志願してみましょう」
セルルトは少し驚いた顔をして尋ねる。
「お前、冗談が言えたのか」
「いえ、本気です。もはやクルム王女殿下は飛ぶ鳥も落とす勢い。あれに逆らうのは得策ではありますまい。不肖ノットン、力及ばずながら護衛隊長として進言いたします。クルム王女殿下に逆らうべきではない、と。お体のことを考えれば、こちらで療養して過ごされるのも、また、一つの生き方でしょう」
「……そう思うか」
「はっ」
「そうか……、わかった……。進言感謝する」
「いえ、それだけです」
ノットンは話しが終わると扉に手をかけて部屋を立ち去ろうとしたが、ふと立ち止まってセルルトに話しかける。
「この街で、体に良さそうな茶を出す店を見つけました。よろしければ、明日辺りにともに参りましょう。ご案内いたします」
「どういう風の吹き回しだ」
「……昔、ヘグニ様とセルルト様を連れて、気に入っていただけるよう街中を歩いたことを思い出しました。それだけです」
「そうだな……、行くか」
「では、明日の朝食後に、お迎えに上がります」
ノットンが去って行ったあと、セルルトは昔のことを思い出していた。
確かに昔、まだ若手だったノットンが馬を引いて、街のあちらこちらを巡ったことがあった。まだヘグニがふさぎ込み、セルルトがもっと攻撃的であった頃のことである。
「……昔を、思い出して、か」
二十五年。
ノットンは、オブラ侯爵家の騎士として脂が乗り始めた年齢から、白髪が目立つようになる五十過ぎまで、長年にわたり文句ひとつ言わずに仕えてきた護衛である。
セルルトは、なんだか無性にヘグニに会いたくなって、深くため息を吐くのであった。