翌朝になってセルルトはノットンと約束した通り、〈リガルド〉の街へと繰り出した。
〈リガルド〉の街は、王都と比べれば洗練されておらず、粗野なふるまいをする者が多いが、その分熱量も高い。
ちょっとした買い物で喧嘩をしたり、いがみ合ったりしている者もいるが、それ以上に戦争に備えて動き回っている者が多く、それでいて悲観的な雰囲気はまるでなかった。
普通戦争なんて聞けば、厭世的な雰囲気が漂いそうなものだが、まるでそんな様子がない。
「……彼らはなぜ、これほど元気なのだろうか」
「〈要塞軍〉の者に聞いたところによれば、この街では戦いがあることが当たり前なのだそうだ。魔物と戦うことに比べたら、人を相手にしている方がよっぽど気楽だと笑っていました。そのような考えを持つものが多いのでしょう」
「強いな……。オブラ侯爵家もこちらに手を回していたと聞いたが、なるほど、思い通りに行くわけもない」
「あまりそのような話はされない方がよろしいかと」
セルルトが誰も聞いていないからと口を滑らすと、ノットンはため息交じりに注意をしてきた。どっちの陣営に聞かれてもいい印象は与えないだろうから、正しい判断である。
時折店を覗き込みながら歩き、しばらく気晴らしをした後にセルルトは尋ねる。
「昨日言っていた店は?」
「ご案内しましょう」
体に良さそうな茶、と言われるとあまりおいしそうな印象はない。
薬屋なのか、それとも茶店なのか。
「食べ物はあるのか?」
「……ええ、あります。茶は、薬草にすっとする香草を混ぜて一緒に乾かしているそうです」
「どうやって見つけたんだ?」
「……〈要塞軍〉の兵士がたまに使うそうです」
「なるほど、ならばもっと街の中心地に店を移せばよいのにな」
そんな話をしながらノットンは少しずつ街の外れの方へと向かっていく。
話は尽きなかった。
セルルトは普段、ノットンにこれ程話しかけることはない。
人通りが少なくなってきたことを確認したノットンは、腰に帯びた剣に無意識に手をやった。
ノットンはセルルトの護衛であるから、武器は片時も手放さないようにしている。
その位置を確認したのは、無意識からか、それとも周囲に危険を感じたからか。
そうしてまたしばらく進み、さらに中心部から離れて行ったところで、セルルトが足を止めた。
「随分と人のいないところまで来たな」
「外に薬草を摘みに行ったり、加工で臭いが出る関係で、街の端の方に店を出しているそうです。あそこに煙が出ている家があるでしょう。あそこです」
すらすらと出てくる説明。
セルルトは、ノットンがこれ程におしゃべりが上手であるとは終ぞ知らなかった。
家の前には確かに、粗末なベンチが備えられている。
「その茶は、随分と苦そうな予感がするな」
「……その分、よく効くでしょう。参りましょう」
ノットンが再び歩き出したが、セルルトは足を動かさなかった。
「ノットン」
ノットンが振り返ってじっとセルルトを見つめる。
「なんでしょう?」
セルルトは深くため息を吐いて言った。
「俺が邪魔になったか」
ノットンは答えなかった。
無言で剣を抜いて、いつも通りの仏頂面で構える。
辺りから三人、セルルトの護衛であるはずの者たちが武器を構えて姿を現した。
「俺を殺してどうする」
「……セルルト様は、オブラ侯爵家に加担するおつもりと聞いた。このまま見逃すわけにはいくまい」
「そうか」
ふっとセルルトは笑った。
あまりの人望のなさに、護衛たちの節操のなさに、いや、そのどちらにも酷くうんざりした。
もちろん、セルルトはオブラ侯爵家に手を貸すつもりなど微塵もない。
これは、ノットンたちがセルルトを殺すための口実だ。
セルルトが軍に同行できない以上、ノットンたちがこれからオブラ侯爵家の役立つような行動をすることは難しい。
何もしなくとも仕事がなくなる。
それならば、クルムに冷遇されているセルルトが、オブラ侯爵家についていると証拠をでっちあげて殺し、クルム側について仕事を得ようという考えである。
呆れた風見鶏ぶりであった。
「クルムはそれほど愚かではない」
「何の話をしているやら。……お覚悟」
ノットンが武器を構えて身をかがめたところで、奥の茶屋から声が響いた。
「この店は客に毒を出すのか! 店主を呼べ、ぶち殺してやろう!」
「ど、ど、毒では」
「いいや、毒じゃ! 毒に違いない、毒だと言え」
「ひ、ひっ、し、死ねぇええ」
「貴様が死ね」
その直後、古い民家の壁を突き破って、何かが飛んでくる。
人間であった。
それはノットンに向けて飛んできていたが、ノットンがさっと避けると、そのまま地面に転がって動かなくなる。
フードがぱさりと外れて見えた顔は、セルルトの従者の一人であった。
もう、生きているかどうか微妙なところであったけれど。
そうしてぬぅっと家の中から現れたのは、白いあごひげを長く伸ばした老人であった。
老人はセルルトたちを見つけると、無言でまっすぐ、最短距離で走って来る。
ノットン含め、セルルトの護衛たちはこの老人の恐ろしさを知っている。
敵に回してはならないと分かっているからこそ、セルルトを始末することを画策したのだから。
作戦がばれていた。
ならばとノットンたちはグレイに立ち向かい、一瞬にして蹂躙された。
本当に、一瞬のことであった。
セルルトが立ち尽くしている間に、グレイは生きている者を縛り上げて、引きずり歩き始める。
「本当に人望がないのう」
「……ご助力、感謝する」
「…………戻るぞ、ついてこい」
言い返す気力のないものを煽っても何も面白くない。
グレイはいつもにまして辛気臭い顔をしているセルルトを見て、舌打ち一つして黙り込んだ。
昨晩、護衛のノットンたちが怪しいと聞かされて、グレイはあらかじめノットンの行く先付近に潜んで待っていたのだ。
情報は散々モーリスの手の者から漏らされている。
オブラ侯爵家という巨大な権力から引きはがされた彼らの動きは、モーリスの手の者からすれば実に稚拙であったそうだ。
「こ奴らに協力した者を吐かせ、答え合わせをする。それでこの件は終わりじゃ」
「全員、駄目か」
セルルトの呟きを聞いたグレイは、にやにやと笑って振り返る。
「いや、二人だけ、関わっていない可能性がある。まぁ、そ奴らは好きにさせておるから、戻ったら確認してみるが良い」
「二人……?」
心当たりのない人数にセルルトは首をかしげたが、その困っている姿が面白いのか、グレイはにやにやと笑うばかりであった。