老人が気絶したやつを引きずって街を歩いてても何も言われないのは、この街にいる全ての警備が〈要塞軍〉によって成り立っているからだ。
グレイの行動に対してちょっとちょっとと言える者など誰もいない。
屋敷へ戻ると、グレイはセルルトに「部屋にでも戻っておれ」と言って、そのままノットンたちを引きずっていく。
護衛たちがセルルトの方に向かっている間に、こちらの屋敷の方でもセルルト一派の怪しい者たちは皆捕縛して、尋問をすることに決まっているのだ。グレイが合流すれば開始の予定である。
その尋問にセルルトを加える意味はない。
敵に回ったとはいえ、長い付き合いのある者たちが苦しむところを見せようというのは、趣味の悪い話だ。
セルルトは引きずって行かれるノットンを眺めてから、ため息をついて自室へ戻った。
昨晩、ノットンから出かけの誘いをうけたことについて、クルムに相談した時点でこうなることは覚悟していた。多くの者、少なくともセルルトは全ての付き人を疑っていたので、ノットンがいざ裏切った時にもやはりそうかとは思ったのだ。
ただ、そうだろうと思っていても、切ない気持ちにはなるものだ。
部屋へ戻ってソファに体を沈め、ただただ己の不甲斐なさを噛みしめていると、控えめに部屋の扉がノックされた。
億劫であったが、セルルトはソファから体を起こして、扉を開けてやる。
するとそこには、見知った顔が二つあった。
目を泳がせてガタガタと震えている者が一人、それに服をぎゅっと握られて迷惑そうにしている者が一人。掴んでいる方は十代半ばの少年、掴まれている方も同じ年ごろの少女である。
「セ、セ、ッセルルト様、あ、あのあ、のあの、み、皆さんが、と、突然、へいしにかこま、囲まれて……、ぐっ、ううっ」
震えている少年の名はノウム。
一応オブラ侯爵家の派閥の子爵家の息子である。
とにかく怖がりで、緊張しがちな要領の悪い少年で、セルルトのお付きの中でも、他の者にはさっぱり相手にされていなかった。
セルルトは仲間外れにされてその場にポツンと残されているノウムに、たまに話しかけてやっていた。しょうがない奴だなと思いつつ、どこか小さかった頃ヘグニに姿を重ねていたからだ。
そしてそのノウムにぎゅっと服を掴まれているのは、どこかの貴族家に借金のかたに売られてきて、今はヘグニの毒見役をしているメーレという少女だ。よくよく教育されてきたようで、ほぼ何も言葉を発したことがない。
死んだらすぐに代わりがいますので、と言われていた少女は、セルルトの下へやってきてから、既に二度ほど死にかけている。セルルトがスペルティアから買っている薬を勝手に飲ませて治療していなければ、もう生きていないはずの子だ。
どちらも、派閥というにはあまりにも頼りない、ただの子供たちである。
「中へ入るといい」
「は、はいぃ」
泣きながら部屋に入ってきたノウムをソファに座らせたセルルトは、一人分開けて同じソファに腰を下ろす。
ノウムはびくりと体を跳ねさせた。
同じソファに座ること自体が恐れ多いことだからと、思わず腰を浮かしたノウムに、セルルトは言った。
「いいから座れ、メーレもだ」
メーレは黙って立っていたが、もう一度セルルトが「座れ」と言うと、ちょこんとノウムの隣に腰を下ろした。
セルルトはしばらく黙り込んで、ノウムの要領を得ない話を聞いた。
突然兵士がやってきて、みんな連れて行かれて、怖くて震えていて、廊下を盗み見ていた。セルルトが帰ってきたので、慌てて一緒にいたメーレを連れてやってきた。
そんな感じのことをたっぷり十分ほどかけて、同じような場面を繰り返し話しながら教えてくれた。
普段であれば無視して別のことを始めているところである。
しかし今日のセルルトはその全部を黙って聞いて、最後に「どうしたらいいのでしょう」と泣きながら言ったノウムの質問にも答えてやることにした。
「どうもこうもない、これからも今まで通りにしていればいい」
「し、しかし、み、皆さんがその、連れて……、せ、セルルト様! クルム様と、な、仲直りされた方が良いのではないでしょうか!」
「仲直りな……」
ノウムは何も知らないのだろう。
改めてその泣き顔を見ると、何やら顔に内出血のようなものができている。
先ほどまで目立っていなかったのは、おそらく化粧をして誤魔化していたのだろう。
「……その頬はどうした」
「え、こ、これは……」
「言え」
目を右往左往させて困っているノウムに、セルルトは命令する。
「そ、その! セルルト様のことを悪く言う者がいたので、それはと抗議をしたら、殴られまして……、その……、それ以降怖くて悪口を止められず、そ、その、も、申し訳ございません……。あ、しかしメーレは初めから仲間外れにされていたので、何も聞いておりません! メーレは僕のこの怪我も、心配してくれて……!」
馬鹿な子供だった。
きっと親に『セルルトによく忠義を尽くせ』とでも言われて、家のお荷物を捨てるように側近に寄越されたのだろう。
そして泣いていたかと思えば今度は、身分もない毒見役のメーレを庇っている。
要領が悪くて、どうしようもない正直者だった。
「そうか……、不甲斐ない主ですまぬな。心配をかけた」
セルルトは二人に謝罪する。
ノウムはぽかんと口を開けてセルルトを見て、メーレもまた、瞳が零れ落ちそうなほどに目を見開いていた。
「クルムとはもう仲直りを済ませてある。大丈夫だ」
セルルトは二人を見ながら、珍しく柔らかな表情で笑ってそう言ったのであった。