どうやらセルルト周りに居る者たちは、彼らの中だけで活動を続けていただけで、外部とのつながりなどは無いようであった。
彼らの中でも意見は二つに分かれていたようで、ノットンを中心としたクルム派閥への迎合派と、あくまで当初の目的を完遂しようという、オブラ侯爵家派閥だ。
捕まった後も二つの派閥は言い争いをしており、特にノットンたちの方の派閥に関しては、自分たちはただ、クルムに協力をしようとしただけだと主張を続けていた。
勘違いをされているだけだ。
話せばわかる、と。
暗い地下室。
扉が軋んだ音を立てて、階段を何者かが降りてくる。
ずるずると引きずるような音が不気味で、言い争っていた二つの派閥は一人、また一人と口を閉ざし、やがてすっかり静かになった。
地下室で大声を出されてうんざりしていたクルムは、その静寂に息を吐いて階段を見上げる。
グレイが、ノットンたちを引きずって下りてきているのが目に入った。
「こいつらを入れる牢の鍵はどれじゃ」
「こちらです。右手の牢をお使いください」
グレイは鍵を受け取ると、当たり前のように牢の扉を開けて、中にノットンたちを放り込んだ。
その隙を窺って逃げ出そうとする者はいたが、グレイに一睨みされただけで腰を抜かしてその場にへたり込んだ。彼らの中の武闘派であるノットンたちがまとめてやられているのだから、まともに相手して敵う相手でないのは分かり切っている。
放り込まれた拍子に目が覚めたのか、ノットンがうめき声を出した。
誰もノットンに触れもしないのを見て、クルムは一言呟く。
「縄を解いてやっては?」
同じ牢に居る者は、外にいるクルムたちの様子を窺いながら、そろりそろりと近寄って、ノットンたちを締め付ける縄の結び目に手をかけた。
「それで、こ奴らをどうするんじゃ?」
「どうするもこうするも、表には出せないでしょう。戦いが終わるまでは、ここで暮らしてもらいますよ」
「私たちは……、クルム王女殿下に味方するために、動いたのですぞ……」
縄を解かれたノットンが、ずるっと這ってきて、牢の鉄格子を掴んだ。
「このような扱いをされては、味方になろうとする者もいなくなるのではないか!?」
「味方にすべき者はもう味方にしております。最後の最後まで日和見な態度を取っておいて、今更何を言っているのですか? そもそも……」
クルムは上半身を倒して、ノットンと目を合わせる。
「自分の主を殺そうとするものを、私が重用するはずがないでしょう。実行犯のあなた方の罪状は、王族に対する殺人未遂です。他の方々よりも罪が重いことはお忘れなきように」
「しかし、クルム王女殿下は、セルルト様のことを疎んでおられただろう! 私たちを使えば……」
「いいえ? お兄様には新政権でもしっかり働いてもらうことを約束しております。そのために、足を引っ張りがちな側近の方々には退いてもらいたかっただけですよ?とても分かりやすい動き、ありがとうございました。それでは、もう会うこともないでしょうけれど、お元気で」
ノットンと、牢に居る者たちの顔が歪んだ。
これまではクルムがこの地下牢に滞在していたことから、何らかの挽回の機会があるのではないかと期待していた彼らだが、ここでようやくそんなものがないと気が付いた。
クルムはただここで、グレイの帰りを待ちながら、彼らの言い分を聞き流していただけなのだ。自分の耳でそれぞれの言葉を確認し、そしてモーリスの部下たちからの報告に間違いがなかったと確信した。
階段を上がっていくクルムに対して、牢の中から「王女殿下!」「お待ちください!」と声が殺到したが、クルムは振り返ることも足を止めることもなかった。
分厚い鉄の扉が閉ざされて、しばらく廊下を進み看守の部屋に鉤を預け、更に扉をくぐる。
地下からの声はもう何も聞こえなかった。
途中で兵士たちとも別れ、グレイと二人きりになったところでクルムはぽつりとつぶやく。
「切ないものですね」
「何がじゃ」
「……あれだけ人がいて、セルルトお兄様のことを本当に思っていたのは、たった二人。しかも年若い二人だけです。信じて、ここから共に何とかしようという気概のある者は一人もいなかった。それがこれまでの行いの結果だと言えばそれまでなのでしょうが、お兄様はさぞや気落ちしていることでしょう」
クルムはここ一年で随分とたくさんの人物と知り合い、触れ合ってきた。
短い期間であっても信頼している者はたくさんいるし、そんな者たちに裏切られることを想像すると、酷く嫌な気分になる。
「……裏切るも何も、あ奴は最初から味方でないと分かっていたのではないか? お互いに騙し合い、信じあわずに二十数年も過ごしてきたのだ。案外今は肩の荷が下りて、晴れやかな顔をしているかもしれん」
「流石にそんなことはないと思いますが……」
「そういう意味では、お主は恵まれておるな。なにせ近くに居る者は、お主が自分で選んだ者ばかりじゃ」
グレイに言われて、クルムは改めてヘグニやセルルトの立場を考える。
常に監視されていて、やったことを逐一報告される。
どこまでが許されてどこからが許されないのかもわからず、毒殺や誘拐に怯える。
自分が同じ立場であったら、少なくとも今のように自由に勢力は作れなかったはずだとはっきりわかる。
「……ヘグニお兄様も、なんとかして助けるべきでしたか」
そんな環境の中、ヘグニがセルルトの言いつけも聞かず、リスクを取ってまでクルムやジグラの下へ直接話をつけに出てきたのだと思うと、ヘグニの人格がなんとなく見えてくる。
「そんなことをしておったら、今頃無事にここまでたどり着いていたかわからんがな」
「そうですね……」
「後にならねばわからぬこともある。次にどうするかだけ考えておけばよい」
「……はい」
珍しくまともなやり取りをした師弟は、次の動きに備えるため、リゾルデが待っている執務室へと向かうのであった。