「セルルトお兄様は部下に対する愛情が足りなすぎると思うの」
セルルトの部下たちをほぼ一掃してからさらに十日ほどが過ぎて、ラウンドたちが間もなく帰ってくるという知らせが入った。
戻ってきたらまずは話を聞かねばと、首脳陣で集まって話をしていたのだが、毎日のように相談事をしているせいで、特に改めて話すようなこともなくなってしまった。
ファンファがこんなことを言いだしたのは、そんな折である。
ここ数日の間に、ファンファは当たり前のようにセルルトとコミュニケーションをとるようになっていた。
部下がいなくなったことや、自分が害される危険がなくなったからか、とりあえず話してみようというつもりになったらしい。ファンファは以前から他の兄や姉と交流を持っている、いわゆるコミュニケーション強者であったので、セルルトと話し始めるのもそれほど難しくなかったようだ。
「しかしだな……、仕えられる者と仕える者という関係があるだろう……」
人がたくさんいる前でそんなことを言われたセルルトは面食らったが、あの一件以来謙虚に生きようと気持ちを改めていたので強くは言い返さない。
ファンファはやれやれと大げさに首を振ると、頬杖をついて少し身を乗り出した。
「セルルトお兄様。部下にこそ愛情、ですのよ? 私は、私についてくる皆に愛情を注いでますわ。私についてきて良かったと思ってもらえるように努めてますわよ?」
「私についてきて良かった……か。それは私が成功すれば自然とついてくる者ではないのか?」
「やっぱりわかっていませんわね……」
特に話をすることがないので、全員が黙って兄妹のしょうもない話を聞き流している。実際はセルルトがファンファにやり込められているのが少し面白くて、皆黙っている、が正しいかもしれない。
「いいですか、態度や言葉にしなければ伝わらないこともありますの。セルルトお兄様は、ただでさえ厳しいお顔ばかりされているのですから、もっと朗らかに、お前たちが大切だという慈愛の視線を向けませんと! さっ、試しに笑ってみてください」
「……いきなり言われても難しい」
「あとで練習ですわねぇ」
とにかく、兄妹としての距離は縮まっているようだ。
クルムとしても、すっかり落ち込んでふさぎ込んでいる姿を見るよりは、ファンファに振り回されている様を見る方が安心できる。
そんな話を聞いていると、部屋の扉がノックされて、ラウンドたちの帰還が知らされた。
「行きましょう」
クルムを先頭にして、両サイドにグレイとリゾルデがつく形で会議室を出て、外へと向かう。
クルムは質素な格好をしているが、背筋はピンと伸ばされていた。
真っすぐに前を見つめる意志の強い瞳は人の目を引き、先頭を肩で風を切って歩く姿には威厳が備わりつつあった。
先ぶれの兵士に案内され街の外へ向かうと、でがけの数倍に膨れ上がった兵士がずらりと横に広がっているのが見えた。
その兵士たちを見つめていたラウンドが、クルムたちがやって来るのに合わせて振り返りにかっと笑った。最後に別れた時と変わらぬ、頼りになる笑みだった。
「どうだ、たくさん連れて帰って来た」
「流石ラウンド様です。壮観ですね」
それぞれの貴族たちから出てきたことを示す旗がたなびいている。
すでに一戦に勝利してきた戦士たちの姿だった。
ラウンドたちと並ぶようにして、共に出て行った者たちの顔も見える。
クルムには、皆がそれぞれ、出かける前より精悍な顔つきになっているように見えた。
「ケルンお兄様も、よくぞ無事で戻られました。敵からの襲撃に遭ったと聞いております」
ケルンはクルムを見ると、ふっと笑う。
「ラウンド閣下のおかげで無事に乗り切れた」
頬に深い傷の跡ができているが、それがケルンのあどけなかった表情を引き締めているようであった。自らを誇る風でもなく、ラウンドが助けてくれたと言える時点で、クルムに嫌がらせしていた頃のケルンはもうそこにはいない。
「ケルンお兄様が赴いてくださったおかげで、これだけの兵を集めることができたのだと思います。感謝いたします」
「俺は俺の役割をこなしただけだ」
照れたようにそっぽを向くケルン。
その表情だけは、以前と同じように少しだけ子供っぽくて、クルムは少しだけ口角を上げて頷いた。
兵士たちの中から、それぞれの領主や、領主の代行として派遣されてきたまとめ役が前に出てくる。
ずらりと並ぶとそれだけでも壮観である。
「そら、王女様の出番だ。あの辺りがよく声が響くと思うぞ」
ラウンドが門の横に建てられている櫓を指さした。
クルムは頷いて門をくぐって櫓の梯子を上った。
すぐ後ろからグレイがついてきている。
クルムは櫓の上に立つと、改めて兵士を見渡した。
そして木の板の軋みで、後ろにグレイが上ってきたことを確認すると、振り返ることなく、皆に伝わるように口を大きく開き、呼びかけた。