「ハルシ王国の貴族たちよ、戦士たちよ。事情は知っての通りです! 王都は逆賊オブラ侯爵家とその一味により占拠されています。卑劣なことに彼らは、〈万年祭〉で各地から領主が集う中、王宮を急襲するという暴挙に出ました。彼らは王国貴族としての誇りを捨て、外患であるアハーバ王国の手を取ってなお、北西貴族の雄であるラウンド伯爵やデモンズ伯爵をはじめとする領主たちを逃したのです。王国東にもベゼルフッド辺境伯をはじめとする、志を共にする者たちがいます!」
クルムは胸を張って、兵士たちを睥睨した。
威圧するつもりではない、ただ、その真剣な気持ちを表情で、瞳で示しただけだ。
「私、クルム=ハルシは、兄上や姉上の支えの下、必ずやハルシ王国に平和を取り戻して見せます。あなた方の土地を、領民を、家族を、それらの未来を守るために全力を尽くすと約束しましょう。どうか、王国北西の、勇猛なつわもの達の力を私に貸してください。その働きに、必ず報いると約束しましょう! 正義は……、私たちにあります!!」
それまで凛と胸を張っていたクルムは、そこで初めて右腕を大きく横に振るった。
言うことは言った。
あとは兵士の反応を待つだけだ。
誰かきっかけを作ってくれとクルムは願う。
クルムには、反応が返ってくるまでの時間が、普段の十倍にも二十倍にも感じた。
クルムの腕の動きから僅か一秒足らずで、誰かが声を上げると、つられたように数人が「おお」と声を張り、やがてそれが連なり、兵士たちが拳を振り上げ、空気を震わすような雄たけびが上がった。
後ろの方の兵士は聞こえていなかっただろうに、その熱量に浮かされて声を上げ始める。
その声は段々と一致していき、足を踏み鳴らす者が出ると、それすらもやがて合わさって地面を揺らした。
クルムはそれらの兵士たちの同意を、その小さな体で受け止める。
賢いクルムは理解していた。
自分が今、彼らを死地に駆り出したということを。
この数千人の兵士の命を預かったのだということを。
足が、腕が、体が震えた。
武者震いであった。
恐れがないとは言わない。
ただ、クルムはその震えを戦いを控えた高揚感であると自分にしっかりと言い聞かせた。
歓声がやむまで随分と時間を要した。
五分、いや、十分ほど置いて、すっかり兵士たちが落ち着き、クルムの次の言葉を待っているようだった。
「……戦士たちよ! 時が来れば共に王都へと向かいます。今はまず、ゆっくりと体を休めてください!」
先ほどと同じように声を上げる兵士。
今度は雄たけびというよりも、歓声であった。
一体感が気持ちよかったようで、兵士たちは楽しそうだ。
そんな騒ぎの内に、リゾルデが各指揮官たちに、兵士たちをまとめて街の中へ入れるよう指示を出している。
連携は完ぺきだった。
クルムは各方面に手を振って時間を作り、その指示が終わったところでゆっくりと櫓から下りていく。
その横をグレイがぴょんと飛び降りて地面に着地した。
膝を曲げているが音がほとんどしないのが意味が分からず、クルムは数瞬固まったが、すぐに梯子を下り始める。ちなみに周囲にいた兵士は、クルムが梯子を下りきってもなお、ぽかんとした顔をしていた。
「先生、どうでした?」
「うむ、いい感じに都合のいいことだけ喋って扇動したものじゃ。王族らしくて実に腹立たしい演説であったな」
グレイがにやにやと笑いながら答えたことは辛辣であったが、それはすなわち上手くやったということでもある。
「弟子の成長を褒めても良いのでは?」
「お主にはその辺りの才能は出会った頃からあったろう」
クルムはそうは思っていなかったが、ある意味これは、グレイが最初の頃からある程度クルムを評価していたと言っているようなものである。
グレイは鬚をさすりながら一歩先を歩き、足を止めずにさらに続けた。
「しかし度胸は随分とついたようじゃ」
数千の兵士の前で演説をぶつ。
噛まずに、声を震わせずに、そして堂々とやってのける度胸は、確かにグレイと出会ってから身に付いたものだろう。
「……そうでしょう。先生は苦手そうですよね、大衆の心を掴んだりするのは」
「苦手なのではない、やらんだけじゃ」
「本当ですか?」
クルムは早足でグレイの横に並ぶと、照れ隠しのように、仕返しのように、疑わし気な表情でグレイを見上げる。
するとグレイは一切怯むことなく、自信に満ちあふれた悪い笑いをもって答える。
「儂一人で大衆ができることの大抵は何とか出来るからのう」
「できないこともあるんですね」
挑発するように言うと、グレイは腕を組んでじろっとクルムを見下ろす。
「多少な。ま、その辺のこともあるから、お主は精々大衆の心を掴めばよい。その分面倒なことも色々と多いじゃろうが」
「そうします。先生にできないことを手伝ってもらうために」
ラウンドたちと合流するまでのほんの僅かな時間での会話である。
グレイはふんっと鼻を鳴らしたが、不機嫌そうではなかった。
そしてクルムは表に出る前に、悪戯っぽい表情をした少女から、立派な為政者の顔にカチリと表情を切り替えるのであった。