〈要塞軍〉の訓練場は盛り上がっていた。
ハルシ王国北西地域各地から集まった、というか、ラウンドによって集められた強者たちが、腕比べをしているからだ。
周りに配置された長テーブルで、頭脳労働をする者たちが集まって、真面目に話し合いをしているのとは対照的である。
クルムは頭脳労働側に。
グレイは腕比べに。
当然の分担であった。
腕比べはいつのまにやら終盤に差し掛かっているようで、その場に残っているのは五人。
貧民街出身のブルトン。
王都の冒険者グロウバウゼン。
〈要塞軍〉の代表、ちょうど昨日前線から帰って来たばかりの大隊長【頭蓋割】ロブス。
〈リガルド〉の冒険者から、【五月雨】リンドバウム。
北西地域から選出された流れの武人コテツだ。
どれもこれも癖が強い。
本気でやり合えば大怪我は必至だろう。
そこでぬーっと集団から出てきたのはグレイである。
「そろそろ儂の出番じゃろう」
「俺が出ないんだからお前も出るな、ずるい!」
ラウンドが大人げなく前に出たグレイに文句を言った。
そもそもラウンドが一線を画した強さを持っているのが明らかであるからこそ出ていないのに、こんな争いにグレイが参加していいわけがない。
「ほう、ラウンド殿がそこまでおっしゃるほどの方か」
「……グレイ殿の話は聞いてますよ、アンさんから。私はグレイ殿とやる気はありません」
早々に白旗を上げたのはリンドバウムであった。
続いてグロウバウゼンも、神妙な顔つきのまま後ろへ下がっていく。
「俺も今はまだまだ敵わないって分かってるんで遠慮するっす」
「おい、逃げるのか?」
同じく降参宣言をしたロブスに突っかかったのはブルトンだ。
昔々にロブスと同じ地域に住んでいたことがあるらしく、ライバル意識があるようだ。
「別にいいんすよ、俺は。ブルトンさんとやり合う分には」
ロブスはちらりとブルトンを見上げ、挑発的に笑った。
グレイとやって怪我をしたくないが、お前になら負けないという、戦闘力に対する圧倒的な自信である。
「言ったな……、俺はこいつとやるぞ!」
ブルトンが宣言すると、その場はワーッと盛り上がった。
話し合いをしていたクルムたちも思わずびくりとして、訓練場の方を向いたくらいである。
怪我をされては困るとリゾルデが立ち上がると、そこに兵士たちの間を割って一人のエルフが姿を現す。
「治癒は私様が完璧にやる。有償で」
内輪もめで金を稼ごうとする、人族の始祖と呼ばれるエルフの王族がそこにいた。
この調子なら争いも止むだろうかと、リゾルデが腰を下ろしかけたところで、ブルトンの声が響く。
「やってやろうじゃねぇか! 負けたほうが全部支払いだ」
「いいっすよ、お金あるんすか?」
そのやり取りにまた兵士たちが盛り上がる。
完全に馬鹿たちのノリであった。
「多分止めても無駄ですよ」
「……そうでしょうね」
このノリがなんとなく理解できてしまっているクルムが言うと、長年〈要塞軍〉でやってきたリゾルデも、ため息を吐いて椅子に座り直した。
これを何とかしようと挑戦するのは、ただただ無駄な労力である。
「馬鹿な奴らだぜ、まったく」
呟いたのは頭脳労働の方に参戦している貧民街出身のゾエであり、他の多くの者も同意して頷いた。
「でも、頼りになりますよ」
それに反論したわけではないのだろうが、別の意見を述べたのはパクスの息子、ヒューレであった。子供であっても物おじしない姿勢は、商会長のパクスの性質を受け継いでいる。
ここに居る者は皆頭が回る。
戦を前にしてもあれくらい元気で、そして恐れ知らずの方が頼りになることはよく分かっていた。
「それもそうさね……、いいことを言うじゃないか」
アンが顔に皺を作って微笑み、ヒューレを褒めると、皆もそれに頷いた。
そんな和やかな雰囲気の頭脳労働組に対して、脳筋たちのボルテージはさらに上がっていた。
とにかく縦にも横にも大きなブルトンが拳を握って構えると、ロブスも使い慣れたトンファーを両手に構えた。
両者はにらみ合い、じりじりと様子を窺う。
ロブスからすればブルトンくらいの魔物はいつも相手にしているが、それでもすぐに飛び込むにはやや躊躇するくらいの威圧感はある。
先にしびれを切らしたのはブルトンであった。
両手を無防備に肩口まで上げたまま、真っすぐに突貫していく。
そうしてロブスに覆いかぶさるように拳を振り下ろしたところで、あばらを砕くような強烈なトンファーの一撃が突き刺さった。
ロブスには確実な手ごたえがあったが、ブルトンはそれでも止まることはなかった。振り下ろされた拳の威力は変わらず、ロブスはそれをもう片方のトンファーで受け止める。
鉄の塊と拳である。
拳の方が痛むはずが、ブルトンはギラギラと目を輝かしたまま止まらなかった。
拳を開き、ロブスのトンファーを握っている手ごと握りつぶそうと試みた。
ロブスはばっと飛びすさる。
ブルトンがさらにそれに追いすがったところで、ロブスがトンファーの先端を素早く幾度もブルトンの腹に叩き込んだが、それでもブルトンは止まらなかった。分厚い脂肪と筋肉が、ダメージの大半を防御しているのだ。
ブルトンが手を伸ばし、ロブスの肩を掴もうとしたところで、ロブスは地面を蹴って前方宙返りし、そのままブルトンの頭部に踵落としを叩き込んだ。
ずしん、と音を立ててブルトンが地面に沈んだ。
「くそ、やるっすね……」
悔しそうな顔をしたのはロブスであった。
本来ならばトンファーを叩き込むところだが、流石に頭部に本気の一撃を入れては死んでしまう。一応手加減はしたが、胴体への攻撃だけで沈められなかった時点で、ロブスからすれば悔しい結果である。
目を覚ました時のブルトンは、それよりもずっと悔しがるのだろうが、過程を見るのであれば、周りが思っていたよりもずっと良い勝負であった。