一方で話し合いの場では、今後の軍の動きを改めて指揮官たちを交えて話している所であった。
ラウンドによれば、ケルンの兵を動かす能力は中々であったそうだ。
機会に恵まれなかっただけで、もしかしたらそんなところにケルンの才能はあったのかもしれない。
あるいは、これまでのやり取りのどこかで開花したのかもしれないけれど。
そうなってくると演説以外の主な軍事行動を、ラウンド・リゾルデを中心として、ある程度ケルンに預けても問題がないことになる。
クルムは話し合いを終えて部屋へ帰る前に、ケルンに、後で自室を訪ねてくるようお願いした。
ケルンは変な顔をして口をへの字に結んだが、「わかった」と肯定の言葉を返して去っていく。
クルムはその背中を見送ると、グレイが戻ってくるのを待って、共に部屋へと戻ることにした。
そうして部屋に到着するなりグレイに話しかける。
「王都付近へ到着したら、先生には王都への潜入など、色々と動いてもらうことになるかと思います」
「そうじゃろうな。兵士をぶつけているだけでは解決せん問題もある」
「私もそれについていきますので、よろしくお願いします」
グレイは椅子を引くとそれに腰を下ろした。
グレイの筋肉質な体にはやや小さな椅子が軋み、脚がたわむ。
「本軍はどうする」
「ケルンお兄様に指揮権を渡そうと考えています」
「あのクソガキにか?」
「はい。ラウンド様によれば、北西方面の敵と戦った時のありようは、見事であったそうです。リゾルデ殿も、バミ殿もついていますし、特に問題はないかと」
グレイは長いあごひげを撫でながら足を組み、クルムの表情を観察しながら口を開く。
「信じたいのか」
「信じたいです。そして、それが国を治めるようになった時に、良い方に働くと信じています」
「権力がばらつくのは争いの元になるぞ」
「分かっています。それでもです。ここで私が、私たちが、ハルシ王国王族の、兄弟姉妹の今後の在り方を示しておきたいのです」
グレイは腕を組んでニヤッと笑った。
「……失敗したら笑って国から逃亡してやろう。その時は王としての才がなかったときっぱり諦めて、商人でも目指すのだな。それが約束できるのならやってみればいい」
挑発であった。
本気で思っているかはともかく、それくらい、グレイはケルンをまだ信用していないということだ。
「約束しましょう」
だがクルムはその脅しに屈することなく、胸を張って笑った。
「おお、なんじゃ、王にならなくてもいい気分にでもなったか?」
「いいえ、負けるつもりがないだけですよ」
「後で落ち込むでないぞ」
二人して挑発的ににやにやと笑っているところへ、扉をノックする音が響いた。
ケルンである。
クルムはケルンを部屋に招き入れると、立ったまま向き合うことにした。
ケルンは意外と身長が高い。
十三歳の少女であるクルムと比べれば当然のことであるが、ここ数カ月の間〈要塞軍〉と共に訓練をしていたおかげか、ただ背の高い青瓢箪から、全体的に頼りになる体つきへと変貌していた。
「それで、話というのは?」
ケルンはクルムが自分に対してどのような思いを抱いているか今ひとつわかっていない。
ひどい扱いをしてきた自覚はあるのだが、その割に距離が近いことで、時折本当にただの妹であるような気がして、これまでの関係を忘れてしまいそうになるのが、なんとなくやりづらかった。
「……ケルンお兄様。これからも演説や、物事の矢面に立つことに関してはもちろん私がやるのですが……。王都に近付いた時の軍の指揮権を、ケルンお兄様にお任せしてもよろしいですか? もちろん、リゾルデ殿やバミ大臣と相談しつつ動かしていただく形になりますが」
ケルンはじろりとクルムを睨んだ。
軍の実権を握るというのは、そのまま大きな力を得るということだ。
ケルンは王位継承争いから退いたが、ここでクルムから軍権を預かり、それを自在に、うまく動かすことができれば、それを覆すことだって可能であるはずだ。
ただ、ケルンは分かっている。
この軍の中心人物のほとんどが、クルムを中心に集まっている者だと。
あくまで自分が手にするのは、預けられた力であって、自由にあつかえる力ではないということを。
「……俺を試しているのか?」
ここで権力に飛びつけば嵌められるのではないか。
そんなことを一瞬考えたが、クルムの性格上そういうことはしないのではないかとも考える。それからさらにもう一段思考が進んで、自分がクルムの何を知っているのかと自省する。
「いいえ。ケルンお兄様を信頼しようとしているのです。もう一度問います。お任せしてよろしいですか?」
「お前は……、何がしたいんだ」
ケルンにはさっぱりわからなかった。
王位継承争いに参加している王子王女はだましだまされ合う関係だ。
馬鹿なことをと思うけれど、妙にむず痒い感覚があって声が震える。
「これ以降、私が王になってからは、王族の兄弟姉妹で殺し合うことを、いがみ合うことをやめたいだけです。力を合わせて国を盛り立てていきたいのです。そのために、ケルンお兄様の力を貸してほしいと、頼んでいます」
何のために王になるのか。
なぜ王になりたいのか。
何を為すのか。
ケルンは自分こそ王になるべきだという、認められるべきだという、漠然とした目標しか持っていなかった。
そんなものは能力を磨き、認められてから考えればいいと思っていた。
この妹は違う。
未来のビジョンを持っている。
分かっていたことだ。
散々ひどい目に合わせた妹が、その全てを白紙に戻して、自分へ協力しろと言ってきているのだ。
ケルンは、これを受け入れられないのは、一人の王族として、兄として、あまりにも情けないと思ってしまった。
ケルンは改めて心の中でクルムに対して白旗を上げる。
「仕方ない。それが必要だというのなら、任されてやろう」
ケルンはしかめっ面のまま偉そうに答えた。
悔しいながら、これが今のケルンができる、目一杯の強がりであった。