現場到着までに、もう一つ傭兵団と戦うことになったが、結果はキーズ傭兵団と変わらなかった。
ハルシ王国内では傭兵団の活動を認めていないことを考えると、オブラ侯爵家か、アハーバ王国が、わざわざどこかから雇って連れてきたということになる。
それも実力はそこそこだが、言うことを聞かないような荒くれだ。
まともな傭兵団であれば、活動が認められていないハルシ王国へ入る依頼など受けたりしないだろうから、妥当と言えば妥当なところだ。
こうなってくるとクルムとしては、王都の治安が心配になるところである。
道を更に進んでいくと、坂道を下っていくようになり、やがて開けた場所に出た。
森の木々に隠れてこっそりと様子を窺うと、聞いていた通りの難所が見える。
それほど幅は広くないが水量の多い川。
向こう岸には丘と森。
丘の上だけではなく、麓にも軍が展開されているのは、川を渡ってくるクルムたちを、魔法や矢で迎撃するためだろう。
川を渡ろうとするとどうしたって足がとられて動きが鈍くなる。
森に隠れている兵士の数を考えると、北西方面軍と同じくらいの軍勢を揃えてきている可能性がある。
これだけの兵士をどうやって用意したのか。
クルムは眉間にしわを寄せて考える。
勝たねばならない。
犠牲は少ない方がいい。
しかしこの人数を相手にしたら……。
クルムはしばらく黙って周囲を見回していたが、やがて川の上流へ目をやって口を開く。
「戻ります。陣は少し手前に張ってもらうことにしましょう。それから、モーリス殿の手の方。この辺りの地形について調べてください。特に上流の川幅が知りたいです」
「承知いたしました。直接向かって確認してまいりましょう」
「川の水をせき止められそうな場所が知りたいです。あ、おそらく敵も警戒しているでしょうから、慎重にお願いします」
クルムは上流に向けて駆けていく者たちの背中を視線で追いかけ、それが見えなくなる前に踵を返した。
本隊に再び合流して、この後の動きを話さなければならない。
ここにいたる過程で、クルムは人が目の前で命を落としていくのをその目で改めて確認した。
たくさんの人間の命が、同じように自分の肩にかかっていることもだ。
「クルムよ。敵の数を見てびびっておるのか? ん?」
グレイは早足で歩きだしたクルムの横に並び、顔を覗き込んだ。
グレイはなぜクルムが緊張しているのか分かっていながら、にやにやと笑う。
何でも挑戦し、ほとんど怯むようなことがなくなったクルムが、ここにきて緊張している。はっきり言って面白かったし、そのままではどこかで失敗しそうなことも分かっていた。
普段ならば失敗などいくらでもすればいいと思っているグレイであるが、ここでやらかしては立ち直りも難しい。
仕方なく、いつものやり方で緊張をほぐしてやることにしたのだ。
「……そういうわけではありません」
「その割には早足じゃのう」
「急いだほうがいいでしょう」
「落ち着け」
グレイはクルムの小さな背中を、その大きな手のひらでポンと叩く。
「大きく構えよ」
アンが二人の様子を察して、近づいて行こうとするロブスに話しかけて引き留める。流石年の功である。グレイとは違って、きちんと人の心を繊細に感じとりながら、自制心を持って生きてきたのだろう。
「……私が失敗をすれば多くの者が死にます」
「緊張すれば失敗をしないのか?」
「それは違いますが……!」
「ならばもっともよい力を発揮できる状態を保て。気張っても糞ぐらいしか出んぞ」
クルムは下品なことを言うグレイをじろりと見上げて、深く深くため息を吐いた。
どうして人が真面目にしている時に、ニヤつきながらずけずけと入ってきて、その上下品な言い回しをしてくるのだろうと呆れたのだ。
ただ、そのあまりにいつも通りの姿に、気が抜けた部分もあった。
常に最前線で命をさらしているのに、どうしてここまで気楽になれるのかがクルムには分からない。
その鋼の精神性だけは、素直に見習いたいと思うクルムである。
クルムは坂道を登って、もう一度振り返って敵の数を改めて確認し、ふと疑問に思う。
「先生。オブラ侯爵家は、僅か一月でなぜこれほどの兵士を集めることができたのでしょうか」
先ほどまではその数に圧倒されて、どうするべきかと頭を悩ませていただけであるが、遠目から肩の力を抜いて見たことにより違和感を覚える。
「知らんが?」
グレイは何も答えなかった。
なぜならマジでどうでもいいと思っていたし、いざとなればグレイ一人であれば、その真ん中を突っ切って通り抜けることも可能だからだ。
それを考えるのはクルムやら、バミやらリゾルデやらの仕事である。
「…………こちらにあれほどの兵士を回しては、他が手薄になるはずなのです。こちらが主軍と判断して手を回したにしても、少しばかり数が多すぎます。となると……」
クルムが歩きながらの思考を再開した。
その姿は先ほどのように緊張している様子はなく、ただただ深く思考に潜っているようである。
グレイは内心でやれやれと思いながら、周囲に警戒しつつ、クルムの隣について歩くのであった。