普段から前線を渡り歩いているロブスならばともかく、〈要塞軍〉の顔と言うべきラウンドまで連れて行くわけにはいかない。
そんなことを言ったら、クルムなんてなお行くべきではないのだが、そこはそれ以上偉い者がいないため本人の我がまま、もとい、意見が通ってしまった。
「私も行きたいところだが、流石にスペルティア様の護衛を離れるわけにも行かない」
腕を組んで難しい顔をしたのはメナスだ。
エルフの一人としてそこは譲れないようである。
「もちろんです、お願いします。……実は、この作戦がうまくいった場合、私はそのまま王都まで乗り込むつもりでいます。ヘグニ兄上を助ける可能性を少しでも上げるためです」
「流石に、無茶をし過ぎじゃないかしら……?」
戦が始まってからすっかり黙り込んでいたファンファが、ここにきてようやく口を開いた。
クルムが死んでしまえばこの軍は全て瓦解する。
それは大前提としてあるが、ファンファは無茶ばかりする妹のことが流石に心配になって黙っていられなくなったのだ。
「……無茶を通して理想を叶えます。ヘグニお兄様を置いて逃げたのは、私の判断間違いでした。まだ間に合うのならば、取り戻したい」
「もしそれが私の話を聞いたせいであるというのならば……」
セルルトがクルムを止めようと口を開いたが、クルムは一睨みでそれをやめさせた。
「違います。私が、そうしたいのです。生きて帰ります。それに、あくまでこの作戦がうまく進めばの話です。まずは目の前の作戦に集中します。そのための同行者を選びます」
クルムはぐるりと仲間たちを見回して、反論がないことを確認すると、話をそのまま続ける。
「まず、先ほどの先行に同行していただいた皆さん。加えて、王都潜入のため、ブルトンさんを除く、貧民街四天王の方々に同行していただきます」
「あ? なんで俺は除くんだよ!」
そんな言い方をすれば当然ブルトンは反抗するに決まっている。
だがクルムはにっこりと笑って答えた。
「ブルトンさんには、ラウンド様の横で活躍をしてもらいたいからです。その大きな体は、敵に恐れを、味方に希望を与えます。あなたが輝ける場所はそちらです」
「お、おお……、そういうことなら……」
丸め込まれた、というよりは押し切られたような形であった。
ここにきてクルムの目の輝き、一手一手にかける思いの大きさは、ますます大きくなってきている。
怒りを、希望を、そして自分の肩にかかる責任を、小さなその体にため込み、背負い込み、その上で抗うのではなく、当然のものであるとして歩き続けている。
それは誰かの上に立つ者としての資質であった。
それが少しずつ育ち、花開き始めている。
惜しむらくは、少々活動的でありすぎることくらいか。
まともな仲間たちからすれば、ハラハラドキドキさせられっぱなしである。
「お兄様、お姉様、こちらはお任せします」
「仕方ないわねぇ」
返事をしたのはファンファだけだった。
ケルンは眉を顰め、セルルトは額に手を当てたが、それぞれがそれぞれなりに、妹であり、これから王となろうと奮闘をしているクルムのことを真剣に考えていた。
そんなこんなで準備を整え出発したクルムであったが、あまり乗り気でないのが貧民街四天王のうちの二人、ゾエとグンナイである。
二人はブルトンほど直接的な戦いが得意ではないが、とにかく頭は回るタイプだ。
自分たちが貧乏くじを引かされた自覚がある。
「どうしてこんなことになっちまったのかなぁ」
「お前がグレイさんを連れてきたからだ……」
「遅かれ早かれだっただろ、俺のせいにすんなよ」
ゾエが曇り空を見上げながらため息を吐けば、グンナイがすかさず過去の所業を非難する。
わざわざグンナイが隠れている場所にグレイを案内したのは確かにゾエだ。
しかも、死んだと思っていた時に口走ったことまで教えたせいで、一発盛大に張り飛ばされている。
それでも貧民街で殴られながら育ってきたグンナイからすれば、あれくらいで済まされたのだから、大して恨んでもいないし、今更仕返しをしようとも思っていない。
「私の心は今……あの空のように、どんよりとしている……」
長身で骨ばっているグンナイが、背中を丸めながら空を見上げて深いため息を吐いた。何をしていても不気味に思われがちなこの男は、こうして何かを呟くたびに貧民街の住人から恐れられたものである。
「ほら、シャキッとしな。いい大人がそんな背中を曲げてみっともない!」
そんなグンナイの背中を、サッシャー家の家長の妻がバシンと叩く。
肝っ玉母ちゃんのような振る舞いだが、アンに師事していることもあって、世間から見れば一流の魔法使いである。
サッシャー家は家族そろった時の汎用性と、戦闘力が異様に高い。
それぞれがそれぞれの弱点を補い合い、一つの戦闘プロフェッショナルとして機能しているのだ。
いくらゾエやグンナイが個人戦力としてそれなりのものだとしても、背中を叩かれても、「おじちゃん辛気臭いなー」と子供に言われたとしても、やり合う気にはならなかった。
この子供だって、弓矢で平気で人を射殺すような冒険者の一人である。
殺しを経験している者は強い。
覚悟の段階が一段あがるからだ。
そして殺すための訓練をしている者は強い。
それは二人とも、自分がそうしてきたことからよく分かっている。
「道案内だけで終わるといいよなぁ」
「超人たちの戦闘に巻き込まれるのはごめんだ……」
世の中にはその段階を更に数段ふっ飛ばしているような奴がたまにいるのだ。
最近改めてそれを思い知った二人は、憂鬱な気持ちのまま、川の上流側へと向かうクルムたちの後ろを、とぼとぼとついていくのであった。