二人がぐちぐちと言っているのはいつものことなので、クルムはいちいち相手をしたりしない。
そんなことを言いつつ、身の安全のためならば思考を巡らすし、やるべきことをすべて合格点を叩きだすレベルでこなせることはもう分かっているのだ。
使える者を使わない手はない。
もちろん、文句を言っていないロンヌスとメロディエもセットでそれくらいの働きはする。むしろ貧民街出身ではなく、流れ者であったのに貧民街を締めていた時点で、ポテンシャルは二人以上にあるだろう。
黙々と川の上流へ向かって歩くこと数時間。
先行したモーリスの手の者たちは、そろそろ半日は先に進んだ頃だろうか。
もう山に入っていてもおかしくない頃だ。
「実際どうなんすかね。精鋭なんて敵方にいるもんなんすかね?」
ロブスが手遊びでトンファーをくるくるとまわしながら、クルムに問いかける。
魔物と戦うことの多いロブスは、実は対人戦の経験が少ない。
楽しみにしている一方で、魔物たちを凌駕するような人がそんなにホイホイいるものなのだろうかと疑問に思っていた。
「どうでしょう。例えば今朝討伐した傭兵たちのようなのが雇われているかもしれませんし、先生のようなよく分からないけど市井に身を潜めている強者を見つけ出している可能性だってあります」
「世の中の強者の多くは、欲深いもんだからなぁ……」
サッシャー家の家長がぼやいた。
冒険者も長くしていたこの男は、旅の護衛にも慣れていて、その途中に賊と戦うこともしばしばであった。
その中にはこれはという強者が紛れていることも珍しくない。
「……グロウバウゼンさんも連れて来られればよかったんですけどね」
「あれはすっかりデモンズとかいうのに気に入られて、放してもらえなくなっておるからのう」
敵方の勢力が想定できない以上、クルムとしても精鋭を多く連れてきたかった。
その中でもグロウバウゼンは、軍の行動にはあまり向いていないし、こちらに来るのが適切だったのだが、デモンズが気に入って放してくれなかったのだ。
ついでにラウンドが旅の中で連れてきたコテツなども、思いのほかケルンを気に入っているようで、その護衛についている。
「まぁ……、デモンズ閣下に関しては、思ったよりもしっかりと働いてくださったので助かっていますが」
あまりに転がしやすかったのでどうだろうと思っていたのだが、名門というのは確かなようで、デモンズの声掛けによって靡いてきた貴族もそれなりの数いたようだった。
さらに、デモンズがいるからとか、そんな理由で敵対した貴族家も早い段階で始末できたのは、後顧の憂いを断つという考えでは悪くないものであった。
グロウバウゼン一人を護衛にすることでこれだけの働きをしてくれたと思えば、まぁ、十分である。
それからさらに道を進んでいくと、ようやくモーリスの手の者と合流することができた。
その報告によれば、山の渓谷のようになっている場所があるらしく、そこで水をせき止めれば十分な水量をため込むことができるであろうということだ。
今から真っすぐ向かえば夜。
魔法で周囲を破壊しつつ水をせき止め、向こう岸に渡り、十分な水量がたまったところで破壊。
その作業をひっそりこっそりやることは難しいだろう。
もし敵の指揮官が水攻めを警戒している場合は、破壊作業をしている音で気が付いた精鋭たちがやってくるはずだ。
来れば、それを退ける必要がある。
そんな話をしながら現場に辿り着いたころには、すっかり夜が更けていた。
水が地面を切り取ってできたような、見事な渓谷。
今の水の流れはそれほど急ではないが、空を見上げる限りいつ雨が降り始めてもおかしくない。
そうなればクルムにとっては更に好都合なことである。
「もし戦闘が発生するのなら、夜がいいと思いますか? それとも明るい時間の方がいいですか?」
「明るい方がいいに決まっておる」
「そっすね」
「間違いないね」
グレイ、ロブス、そしてアンまでもが同じ意見を出したところで、モーリスの手の者が口を開く。
「我々のような者は夜闇に紛れた戦いが得意ですから。相手方もそうである可能性を考えれば、合わせて戦う必要はないでしょう」
「……分かりました。一晩、火を焚かずに過ごすことは可能ですか?」
「ま、問題ないじゃろ。食えるものだけ食ってさっさと寝るだけじゃ」
「最初見張りやるっすよ」
そんな調子で朝になってからの活動を決めた一行は、それぞれが敵から見つからないような場所で休息を取り始める。
熟睡は必要ない。
時間までしっかりと体を休められていればそれでいいのだ。
時折葉がざわめき、虫が体の上を這う。
並のお姫様ならば悲鳴を上げて大騒ぎしているような環境だろうが、クルムは冷静にじっと空の様子を眺めていた。
いつ雨が降り始めるか。
この作戦は成功するのか。
ヘグニはどうなっているのか。
父、と呼ぶべき人は。
ジグラは何を考えているのか。
考えても答えの出ないことは山ほどあった。
その一つ一つに仮説を立てながら、目を閉じ、クルムは朝が来るのをじっと待つのであった。